昨日…3月13日
我が家の愛猫、ミルが亡くなりました。
我が家の大切な家族として14年の歳月を共にしたミル
きっと今頃は、虹の橋をトコトコ渡っていることでしょう。
我が家に来てから、嬉しい時も悲しい時もずっとそばにいたミル。
最期は加齢からくる身体の不調に勝てず
徐々に体力が低下し、昨夜静かに息を引き取りました。
ミルが我が家にやってきたのは14年前の春。
当時、まだ小さなコーポを借りて一人で住んでいた頃
友達と集まって近所の公園でBBQをしていた時
参加者の一人の地元で造り酒屋を営む友人が、
ダンボール箱に産まれて間もない仔猫を入れて持って来ていた。
その友人曰く…
ウチの酒蔵の片隅で何処かの野良猫が仔猫を産んじゃってさぁ…
酒蔵に居つかれても困るから、ここに捨てて行こうと思ってんだよね。
ここなら人も多くて誰か拾ってくれそうだし…と。
当時私が住んでいたコーポはペット飼育禁止の物件だったのたが
朝晩はまだまだ冷える春の時期、
このまま放置すれば行く末は目に見えている。
運良く誰かに拾われてくれれば良いが、
そうでなければ外敵に襲われるか、凍死しかないだろう。
その当時、その猫を引き取ったところで自分で飼える環境では無かったものの
どうしてもそのまま放置する気にもなれず、
友人の了承を得て一時的に引き取ることにした。
これがミルとの初めての出逢いである。
当時は、里親探しのサイトに登録して飼い主を探すつもりで引き取ったのたが
いざサイトに登録してみても、なかなか思うように飼い主も見つからず
月日だけが過ぎていった。
コーポの管理会社に連絡すれば間違いなく退去させられそうだったので
なるべくストレスを溜めさせないように配慮しながら
ペット飼育禁止のコーポで、ミルと一緒にひっそりと暮らしていたのだが
何せ当時は一人暮らしの身。
仕事に出掛けている間はミルを部屋に置いて行くので
不在中の様子は知ることも出来ず、
いつ隣近所や管理会社からクレームが来るかビクビクしながらの生活が続いた。
そんな生活が何ヶ月か続くうち、いつしかミルを誰かの手に委ねる気持ちは無くなり
何とかして自力で育てようと、里親探しの活動も止め
いつの間にかミルは私の家族として生活に溶け込んでいった。
ミルが我が家の一員になってから一年ほど経った頃
我が家に新しい家族が増えることとなる。
嫁さんである。
私と同じ猫好きな嫁さんもミルをとても可愛がってくれ
二人と一匹での生活が始まった。
嫁さんとの新婚生活の中で、やはり猫を飼うなら、ちゃんとしたペット飼育可の物件に移るべきとの結論に達し
ようやく引越しすることになったのは、ミルが我が家に来てから2年後のことであった。
コーポ退去の際、猫の飼育跡がバレないか、それはそれは心配したが
ミルが賢い子だったのか、私達の躾が良かったのか、爪研ぎの跡も無くペットの匂いも皆無で
退去時のチェックを免れたのは奇跡に近いと今でも思っている。
こうして、晴れてペット飼育可の家に引越したミルは
その数年後に産まれることになる我が家の番長の夜泣きにも負けず
子供特有の激しいイジりにも毅然と対応する優等生の看板猫となってくれた。
番長が保育園に通い出す頃…
賃貸のアパートでは手狭に感じ出した私は
人生最大の買い物に打って出る。
今から7年前に建てた今の自宅である。
ミルにとっては二度目の引越し…。
外の世界に出るのを嫌い、完全な家猫として育ってきたミルにとって
環境の変化は大きなストレスになったに違いない。
それでもストレスに負けず、新しい環境に必死で対応しようとする健気な姿は可愛くて仕方なかった。
今の自宅に引越してきた時には、ミルも既に7歳。
決して若い猫というワケでは無かったけれど、
元気に階段を駆け上がったり
梁の上でひなたぼっこするなど、
今までの家には無い環境を楽しんでくれたのではないだろうか…
リビングに置いた薪ストーブの真ん前の特等席。
冬場になると、早くストーブ灯けろとでも言わんばかりに、
毎朝寝室まで起こしに来る姿は、我が家の冬の風物詩でした。
鳥を襲うんじゃないかとドキドキした時期もありましたが
ミルは決して噛み付いたり引っ掻いたりすることはありませんでした。
今思えば優しい猫だったんですね…。
やがて副番長が産まれ、更に家族が増えても
ミルに漂う雰囲気は言わば女王様の風格。
どっしりとマイペースで、それでいて飼い主には忠実で…。
猫はよく自由奔放だとか言われますが
ミルについては「中身…もしかして犬なんじゃないの?」と疑いたくなるくらい人に懐いてました。
出張から帰れば一番に出迎えてくれるし
お風呂に向かえば一緒にお風呂場までついて来るし
二階の寝室に上がろうとすれば、先回りして布団の中で待ってる…
こんな猫は後にも先にも見たことがありません。
出会いがあれば、いつかは別れもある…
頭では理解していても、ミルが我が家から居なくなるという感覚は、つい最近まで持っていませんでした。
もしかしたら別れの日が近いかも…
そんな事が頭をよぎったのは数ヶ月前。
鼻の調子が悪く、いつもより食欲が落ち
膨よかだった体型も若干痩せて…
近所の動物病院の先生に薬を処方してもらい
一時は持ち直したものの
徐々に鼻の症状は悪化。
蓄膿からくる副作用で、細菌が目に転移してしまい
緑内障のような症状から、やがて右眼の視力を失ってしまいました。
思うように鼻が利かず、やがて左眼の視力も衰え、
なかなか自分の思うように動けなくなってしまうと、小さな体の衰弱は驚くほど早く…
体重はピーク時の3分の1に…
苦しそうに呼吸をしながらも精一杯生きようとしているミルの姿を見ていると
頑張って1日でも長く生きて欲しいという気持ち
と、
もうこれ以上苦しまないで欲しいという気持ちが激しく葛藤する
やがて自力で餌を食べることも困難になると更に衰弱は進み
三半規管も蝕まれ、真っ直ぐに歩くことも出来ず
フラフラとした足取りで何度も同じ場所をグルグルと歩き回っては、
足がもつれて転んでしまう繰り返し…
何度も病院で点滴を受け、栄養を補給するも
根本的な治療にはならず…。
病院の先生からも「これは治療というより延命に近いから」と言われ
もう先は長くないな…
そう覚悟を決めた瞬間だった。
それからは、毎朝自宅を出る度に「今日一日頑張って生きててくれ!」と願いながら仕事へ向かう日々…。
小さなミルの中に宿る今にも消えそうな弱々しい命の炎は
何度も消えそうになりながらも必死で燃え続けようと揺らめく。
しかし…自力で食事が出来ない状態が続いているうちに更に衰弱は進み、
二月の末頃には、いよいよ自力で歩くのも難しくなった。
昔から綺麗好きだったミルは、トイレの習慣も完璧だったのだが
この頃には視力の低下と脚力不足で、トイレに行くことも出来なくなってしまい、
最期の数日間はオムツを付けての生活となった。
慣れない感覚が不安なのか、オムツを付けると不安そうな声で弱々しく鳴くミル。
居ても立っても居られなくなり、随分と軽くなったミルを抱っこしてやると
安心したようにスヤスヤと腕の中で眠る。
最期の最期まで人懐っこい姿に涙が止まらなかった。
やがて三月に入り、徐々に暖かい日も増えてきたのだが
痩せてしまったミルには寒さが堪えるのだろう…
大好きなストーブの前で、身体を丸めて眠るような状態が続いた…
そして3月も半ばを迎えようとした昨夜
ミルは眠る様に静かに旅立った。
奇しくもこの日は私の46度目の誕生日。
これも何かの縁なのだろうか…
「毎年ちゃんと思い出してね」というミルからのメッセージなのか?
14年前の春、たまたま保護したことから始まったミルとの生活。
彼女の生涯が幸せなものだったのかどうか確かめる術は無いが、
彼女にとって穏やかな生涯だったと信じたい。
キーンと冷えた朝、ストーブを灯けろと愛嬌たっぷりに寝室まで催促しにくるミルの姿はもう無い…
近いうち、庭の片隅にミルのお墓を建ててあげたいと思う。
我が家に来てくれてありがとう。
そして、沢山の素晴らしい思い出をありがとう。
ミル…どうか安かに眠って下さい。
R.I.P