ニュースで見るばんえい競馬に

一度、行ってみたいと思っていた。

以前は道内で数か所あったそうだが

今は帯広だけでやっている。

 

実際行ってみると

想像していたのとは随分違っていた。

そりを引く馬(ばん馬)は思った以上に

大きく、堂々としていた。

 

さらに驚いたのは、ばん馬は

北海道生まれのどさんこではなく

海外から輸入された馬だった。

 

北海道の開拓時代、山仕事や馬搬に

適している品種を輸入し、その後

日本の馬とかけ合わせたそうだ。

 

一方、どさんこも生粋の北海道生まれ

ではなく、ルーツは東北地方の

南部馬だった。

 

夏は漁場で使い、冬は野に放ち

春になると捕えてまた使う、を

繰り返していった。その後

野生化した馬をどさんこと

呼ぶようになっていった。

 

やがて農民たちは、お祭りで

農耕馬の力くらべを楽しむようになり

それがばんえい競馬に発展したそうだ。

 

ばん馬の体重は800から1200㎏で

サラブレットの2倍ほど。

体高が180㎝程と大きい。

性格は温厚でおとなしい。

 

どさんこはの体高は130㎝ほど。

前と後ろの脚を一緒に出す側対歩で

山道でも揺れが少なく、輸送や

乗り物として重宝された。

 

ばん馬

 

どさんこ

 

次に驚いたのは観戦方法だった。

コースは直線で200m。

その真横で観戦できた。

ばん馬がスタートすると同時に

人もぞろぞろと早足で移動していく。

 

ばん馬は

騎士が乗った鉄そりを引いていく。

鉄そりはレースによって

500から1000kの重さがあった。

 

途中2か所に障害物の坂がある。

ニュースでよく見るのは

その坂を乗り越える様子だ。

 

ひとつ目の障害物は高さが1m。

ふたつ目は高さが1.6mもあり

傾斜も急で、簡単には越えられなかった。

 

そこで、騎士は障害物の前で一旦

馬を止め、それぞれの戦い方に合わせ

駆け引きをしながら乗り越えて行く。

 

18.3.3

 

 

私たちも、障害物の前で立ち止まり

馬が動き出すのをじっとみている。

一気に進む馬や小刻みに進む馬など

戦い方は様々だ。

 

ばん馬が坂を乗り越えると、

人々は歓声をあげる。

ラストまであと少し。

そりの後ろが通り過ぎて、到着。

 

ばんえい競馬はギャンブルではあるが

馬券を買わなくとも十分に楽しかった。

“馬力”を競うばん馬は迫力があり

美しく、存在感があった。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

“26歳の青年が、持ち物を全て

リセットして行った実験” (2013) 

というドキュメンタリーを

見始めたが…

いきなり、彼の全裸からスタートした。

 

その格好で

家から荷物がある貸し倉庫まで

冬の夜、ヘルシンキの街を走る。

靴も倉庫の中なので、裸足だった。

 

途中、ごみ箱の新聞紙を取り出し

股間を隠しながら駆け抜ける。

出だしが奇抜で、すっかり物語として

楽しんでしまった。

 

彼自ら、監督・脚本・主演を

務めている。

実験の動機は失恋から始まった。

ヤケになって買い物をしまくった。

3年経ち、気づきてみると部屋は

物だらけ。

なのに、心は空っぽで満たされない。

なぜ、不幸なのか?

考える場所がいると思い立ち

全てを倉庫に入れ、部屋を空にし

自らカメラを回したのだった。

 

ルールは4つ。

自分の持ち物すべてを倉庫に預ける

1日に1個だけ倉庫から持ってくる

1年間、続ける

1年間、食べ物以外何も買わない


一日目はコートを持ち帰った。

袖に足を入れることを思いつき

体を丸めて、寝袋にして眠った。

 

 

次にブランケットを出し

7日目にマットレスを出した。

部屋に敷かれたマットレスに

何度もキスをし、気分が高揚する。

「目覚めた時、こんなにふうに

幸せだといいな。物を取り出して

いく度に幸福度が増していく…」

 

しかし

8日目から何も欲しくなくなる。

「反抗期の子供みたいだ」と、落ち込み

10日間何も取り出さずに

過ごしたのだった。

 

18日目から再スタートしたが

50個から60個辺りで

また何も欲しくなくなる。

 

彼は大好きな祖母に会いに行く。

「人生はモノで出来ていないよ」

「別の何かが必要よ」

と、彼女は語る。

 

友人の評判は当然、悪かった。

「現実逃避だ」

「友情が大事なら携帯を持つはずだ」

携帯を出したのは4か月目だった。

 

201日目。

またモノが恋しくなってきた。

ガールフレンドが出来たのだった。

おしゃれをし、アウトドアの好きな

彼女のために、持ち出すものが

変わってきた。

 

その後、祖母が老人ホームへ入る。

祖母からキャンディ入れをもらう。

「おばあちゃんのモノという感じがする」

と、愛おしそうだ。

 

ついに365日を終えた。

「生活に必要なモノは100個ぐらい」

「次の100個は生活を楽しむため」

「所有とは責任であり、モノは重荷」

「どんな重荷を背負うか自分で決める」

「祖母は正しい。人生はモノでできていない」

と、締めくくった。

 

“ 人はパンのみにて生くるものに非ず”

ということなのだろう。

彼はそれを身をもって体験した。

 

ある程度で満足したり

また欲しくなったり

そうやって、揺れ動きながら

歳を重ねるのが自然な姿なのだろう

と思った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30年も前のこと。一度目の

北海道暮らしを始めた頃は

色々なことが物珍しかった。

 

そんなある日

「農村の美観が崩れるので

不法投棄のごみを撤去することに…」

と、道内ニュースがラジオから

流れてきたことがあった。

農村とは十勝地方のことだった。

 

そうか! 十勝の人々は田園風景を

大切にしているのだなあと

納得し、愉快になった。

 

18.10.26

 

十勝の田園風景はひと際美しい。

畑のひと区切りが広く

から松防風林や白樺並木など

整然と一直線に並んでいる。

北海道ならではの風景だと思う。

 

畑の道を当てもなく、ぐるぐると回り

ながら、ドライブした事もあった。

 

帯広郊外の八千代牧場で夕日を撮り終え

畑と畑の間の一本道を走らせていた。

左側の窓には、いよいよ沈んでいく

夕日が見えていた。ふと、右を向くと

なんと、夕日の180度の位置に

昇ってきたばかりの月が浮かんでいた。

沈む夕日と同じ大きさの月だった。

満月だったのだろうか。

 

“ 菜の花や月は東に日は西に”

だった…。

 

偶然の出合に

なんだか畏れ多い感じを抱きながら

進んだことが忘れられない。

 

21.10.18
 

 

 

 

 

 

 

 

 

大恐慌時代のアメリカが舞台です。

映画好きのセシリアが映画をみている。

上映されているのは「カイロの紫のバラ」

 

映画の途中で、セシリアは

登場人物のトムが自分を

見ているような気がして驚く。

すると、トムがスクリーン越しに

話しかけてきた。

 

「この映画が好きなんだね」

「私のこと?」

「そうだよ。これで5回も見ている」

「君と話をしたい」といって、

彼は画面から出てきてしまう。

周囲は大混乱。

 

物語は、彼がいないので進まない。

映画館主が映写機を止めようとすると

「いかん!止めるな」

「消される身にもなってくれ」

と、登場人物たちが騒ぎ出す。

そのやり取りを見て

楽しんでいる客もいる。

 

トムとセシリアは逃げ出してしまう。

公園でポップコーンをもらったトムは

「これがポップコーンの味か。

いつも客が食べているのを見ていた。

袋がガサガサいう」と、笑わせてくれる。

 

トムを演じたギルが現地へ向かう。

実在のギルと虚像のトムが対面する。

どちらに演技力があるかなど

ふたりは妙な議論を始める。

 

セシリアはギルに出会えて

有頂天になりながらも

「あなたはいいものを持っている」と

彼が出演した他の映画について

熱く語り、ギルは真剣に聞くのだった。

 

トムは現実世界で生きようとするが

難しいとわかり、それならばと

セシリアを連れて、スクリーンの中へ。

他の役者は「ずいぶん待ったよ」

と喜び、物語が再び動き出す。

 

しかし彼女が登場したことで

話が合わなくなるが、皆はそれぞれ

勝手に楽しむのだった。

 

セシリアも大興奮。

シャンパンが実はジンジャーエールだと

わかっても、楽しくて仕方がない。

 

そこへギルが姿を現し、セシリアは

現実の世界に戻るか、虚像の世界で

楽しむか選択を迫られる。

 

ウディ・アレンの1985年作。

楽しくて、少し、ほろ苦い作品です。

 

 

 

 

札幌から一般道を道東へ向かう。

日高山脈を越えるには

日勝峠を利用することが多い。

 

昔々、北海道はひとつの島ではなかった。

1000万年も前の事。

東西のプレートが衝突してめくれ上がり

隆起して日高山脈が出来たそうだ。

 

日高山脈を北海道の背骨に例えて

右半身が北米プレートで

左半身がユーラシアプレート。

日勝峠を越えると、景色が違ってくる

のはそういうことなのか?

 

北海道は他県とは距離感が違うが

道東を走ると更にその違いを実感する。

 

十勝側から見える日高の山々。

雄大な日高山脈からは

なぜか優しさを感じる。

 

山脈を眺めるのに好きな場所が

幾つかあって、地図に目印を

付けて楽しんでいる。

 

 

17.4.20

 

21.10.18