サンデー毎日(昭和51年11月21日号)その1 補足その2 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

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甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

前回は、掲載されていた2校のうち立命館大学応援団の団バッジに関して、関西応援団界の団バッジの取り付け位置の歴史を考察して参りました。

 

もう1校の學習院大學應援團について今回は見て参りたいと思います。まだサンデー毎日には残り2ページ、10校の応援団が掲載されておりますが、1ページを使って当代である団長が紹介されているのは学習院大学のみであります。

応援団という武張ったイメージと、学習院大学という言葉から連想されるイメージがもう一つしっくりこない方が多いかと思われますが、學習院大學應援團は歴史も古く、全日本学生応援団連盟にも初期から加盟し、本部校を務めた経験もある、応援団業界では老舗の一つに数えられるのであります。兄弟校の贔屓目を差し引いても精錬された関東の応援団の一つの形だと思っております。

 

今回、御紹介させて頂いたサンデー毎日の記事は、同年に上映された「嗚呼!花の応援団」がヒットした世相を反映したものではないか、という推論を前回、述べさせて頂いたのですが、配給元である日活の上層部に学習院のOBがおり、企画・制作に大いに参画していた様であります。劇画の方の内容が決して上品とは言えない内容であった為、映画化はかなりの難事業であったと伝え聞いております。そういった背景と力学がこの記事に反映されているのではないか、と愚考致す次第であります。

 

演武の模様の写真の方でありますが、リーダーの団長の向かって左後方に、學習院大學應援團OB会櫻援会の現会長、児島暁先輩の姿が確認できます。児島会長はかの硬骨の作家 児島襄氏の御子息でありまして、高校まで柔道で鍛えたその巨躯は圧巻の一言であります。この記事の1ヶ月後、団長職を継承されます。

掲載されている演目は、学生服を大きく振り回す、迫力ある独特な振り付けの「大瀛の水」かと思われます。

 

甲南大學應援團OB会

八代目甲雄会 広報委員会