我が團の團バッジの歴史を纏めますと以下の様になります。
このうち2代目、4代目、5代目團バッジが現存致しております。また稿を改めて画像を紹介したいと思います。3代目バッジが使用期間も短く幻のバッジとなっておりまして、その年代の先輩方に捜索をお願いしておりますが、未だ発見に至っておりません。
更に幻と言えるのが初代團バッジでありまして、こちらは探し出す事はほぼ不可能と思われます。雑誌「実話時代」「実話時報」の編集部様ならお持ちかもしれません。釣鐘型をしたバッジでございます。会員はもとよりお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非とも当会までご一報頂けます様、お願い申し上げます。
バッジも付ける位置が年代によって異なります。初代は襟に、2代目は学ランの上着の一番下のボタンのやや左側に、3代目以降は御馴染の学ランの上着の胸ポケットに付けます。
今となって最も奇異に思われるのが2代目團バッジの付ける位置ではないでしょうか。これは今でも関西の私立大学應援團での中では採用されている方式なのであります。我が團でも初代團バッジが諸般の事情で使用を停止し、その後3年間、團バッジがない時代がございました。
しかしながら全日本学生応援団連盟に加入させて頂き、他校ではどの團も團員が揃いの團バッジを付けている様を目の当たりにし、二代目團バッジ制定の運びと相成った次第であります。
故にこの学ランの上着の一番下のボタンのやや左側に團バッジを取り付けるのが当時、主流だった様であります。
何故そこに付けるのか、由来はあった筈でありますが、その伝承は途絶えております。もしご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示頂きたくお願い申し上げます。
しかしながらこれだけ團バッジのデザインを変更した應援團も珍しいのではないでしょうか。
八代目甲南大學應援團OB会
広報委員会