ロマノフ王朝の最期

 

軍隊の反乱があちこちに飛び火し、

ユスーポフ侯率いる軍隊は引き返した。

 

その頃のユスーポフ邸

 

スパイとしてボリシェビキに

潜入していたロストフスキー大尉。

ユスーポフ侯の妹ヴェーラに

事の顛末を報告していた。

 

彼は時々報告のために

ユスーポフ邸に足を運んでいたようだ。

 

二人の会話を聞いていたのは、

ユスーポフ家の年の離れた末弟、

リュドミール。

 

ユスーポフ侯の

腹心の部下であったロストフスキー大尉が

ユスーポフ侯を裏切って

ボリシェビキに入った

 

ということを信じられずにいた彼にとって

会話の内容は

彼の心を傷つけるものであった。

 

スパイ・・・

アレクセイを陥れるために

危険を顧みず敵の組織に潜入。

 

幼少時、

アレクセイに命を助けられたリュドミールは

彼を恩人として敬っていた。

同時に、

彼は間違ったことをしていない、

とも思っていた。

 

ロストフスキー大尉は士官学校生の

リュドミールに対し、

重大な選択を迫る。

兄のユスーポフ侯かアレクセイか、

どちらを取るのか。

 

アレクセイを取れば、

ロストフスキー大尉は速攻で殺害される。

 

 

まだ少年のリュドミールにとって、

この状況は

精神的にかなり辛いものであったことは

想像に難くない。

 

 

まだ若い事もあり、

黒白はっきりさせたいお年頃だ。

 

そこに現れたのは姉のヴェーラ。

 

スパイなどどこにでもいる、

敵だって何百何千というスパイを

送り込んでいる。

 

ユスーポフ邸に潜入した

ボリシェビキのスパイと恋愛をしていた彼女。

密会していたところを

ユスーポフ侯と数人の軍人たちに急襲され、

恋人はその場で射殺された。

 

裏切られたと知った時の彼女の心の傷は

癒えることはなかったのであろう。

自分たちの思想や目的のためになるなら

ひとりの女の真実の愛情さえも

手段として使うわ!

 

ロストフスキー大尉を売ることなどできない、

かといって何もしなければ

アレクセイに危害が及ぶ。

 

残されたリュドミールは

ただ悩み考えることしか

「今は」できなかった。

 

 

その頃の司令本部

引き返したユスーポフ侯は将校たちと

話していた。

 

予測不可能な事態が起きてしまった以上、

クーデターの計画はしばらく猶予するしかない

と主張するユスーポフ侯に対し、

 

ケレンスキーの思惑に嵌まってしまう

と訴える将校たち。

 

ロマノフ王朝の存続そのものが

危うくなっているのだ

と返すユスーポフ侯。

そして、自ら皇帝のもとに赴き、

国会に内閣制を認めるようお願いすると。

 

事態はもう逼迫している。

ここで譲歩しなければ、手遅れになる。

これが最後のチャンス。

 

 

 

 

「祖国は産みの苦しみとともに

いま変わらねばならないのだ」

 

今の日本もアメリカも、

いや、全世界的に

ある意味このような状況になっているのでは

ないだろうか。

 

先日の衆議院選挙の結果は

長年の国民の不満を

ぶちまけたかのような結果であった。

 

トランプが大統領になった2年前も

似たような状況であった。

 

今まで奈落の底に落ちていたものを

すっかり綺麗にして

新しい国、政治を作っていく。

 

歴史はその時代に合った方法で

形を変えて繰り返すのだろう。

 

 

先見の明があるユスーポフ侯にとって

皇帝が自分に進言に耳を傾けてくれないという事実はかなり辛いはず。

彼はロマノフ王朝の繁栄・存続のためだけに

存在していたからだ。

 

でもこれは権力者あるあると言えるだろう。

誰が好き好んで

自分だけが持っている特権、支配権を

簡単に手放すだろうか。

 

フランス革命時でも似たようなことがあった。

ルイ16世は側近の言葉に従おうとしたらしいが

王妃がかなり反対したことで結局何もせず。

 

この時は誰を財務大臣にするかで

揉めていたような・・・

(記憶が曖昧。間違っていたらすみません)

 

結果、国民の怒りを増幅させてしまった。

 

王妃が反対した理由。

それは王家が

民衆という下々の言いなりになること、

そんな下級の民衆の言うことを聞くことは

王者としての威厳とプライドに反する、

つまり感情論である。

 

とは言え、これは当時の一般的な思想である。

フランスに限らず、王政・帝政の国家で

あれば、同じような選択をしたであろう。

 

だが現実に何が起こっているのかを本当に理解していれば、

あそこまで酷い状況には

ならなかったかもしれない。

 

王侯貴族と庶民では

生活程度が全く違うのであるから、

理解しろというのはそもそも無理があるが。

 

 

ロマノフ王朝も同じ。

民衆の声は聞かないが、怪僧ラスプーチンの

言うことは絶対服従ということをやっていた。

 

そのせいで政治にも多大な影響を与え腐敗が

酷くなり、宮廷内部でも皇帝と皇后に対する

不満は溢れていたようである。

 

フランスと違っていたことは、怪僧とはいえ、

ニコライ2世の血友病の息子のケアを

いつもできていたこと。

だからこそ彼に頼らざるを得ない状況になってしまった。

 

 

この結果として、権力の座を虎視眈々と

狙っていたケレンスキー率いるブルジョワ側の反政府組織を大きく動かしていくことになる。

 

皇帝の国会解散命令が出たことで民衆はまた

激おこ 激怒した。

これを好機としてケレンスキーは国会で

皇帝廃位、臨時委員会の創設を訴えることで

民衆の支持を得ていく。

 

これもあるある話だが、ケレンスキーは

民衆のために純粋な気持ちで

動いていた訳ではない。

裏では政権乗っ取りとボリシェビキ撲滅を

画策していた。

 

圧倒的な支持を得ていた彼だが、

ボリシェビキたちは彼を信用していなかった。

 

やがてその波は大きく動き、

歴史的瞬間を迎える。

 

1917年3月2日、ニコライ2世退位。

 

離宮ツァールスコエ・セローに向かっていた

列車が止まる。その列車内でニコライ2世は

反政府勢力や民衆、反乱兵などが

鉄道・電信を占拠したことを知る。

 

自分の状況を正確に理解した彼は、

ユスーポフ侯を呼ぶ。

 

 

ユスーポフ侯はそれでも皇帝のために動くことを伝えるが、

彼はもう誰の命をも無駄にすることを

良しとしなかった。

 

「ニコライ2世は今ここで退位を決意する」

 

ロマノフ王朝の終焉。

 

物心ついた年からこれまで、

ニコライ2世に対する奉仕が自分の人生、

と信じて生きてきたユスーポフ侯にとって、

この事態は精神的に

殺されたような気がしたのでは

ないだろうか。

号泣シーンがこちらまで堪える。

 

 

この時の事実

ニコライ2世は退位を宣言したのではなく、

自身の弟であるミハイル大公に「譲位する」

と宣言したらしい。

 

法的には息子であるアレクセイ皇太子に

継承権があったが、

年齢や病気、さらに現状を鑑みれば厳しい。

そのために弟に、となったのである。

 

これを知った労働者たちは共和国を要求。

激怒した彼らはニコライ2世の

退位に立ち会った

二人の政治家を殺害しようとしていたとか。

 

これに対して臨時政府関係者などの説得が

功を奏し、

ミハイル大公はこれを拒否。

 

これを以て皇帝の退位と同時に

ロマノフ王朝は滅亡、

権力はニコライ2世から

ケレンスキー率いる臨時政府に移った。

 

もしミハイル大公が譲位を認めたとしても

殺害される可能性が高かったであろう。

首をすげかえただけでは何も変わらないことは

いつの時代でも同じである。

 

民衆が求めている事は帝政ではなくて

議会制なのだから。

 

拒否した理由には、

そのことも考慮したのではないかと

推測する。

 

説得者が臨時政府関係者ということからも

お察しである。

 

 

 

 

** 写真は「オルフェウスの窓 電子版 16巻」より抜粋