「好きなところ、1泊くらい行ってきて良いよ」
夫が突然、私に告げた。
結婚12年、子供が3人。
気がついたらいっぱしの「家族」になっていた私たち。
17歳で知り合った時から数えてみると、何年だ?
産まれてから知り合うまでの倍以上の歳月を、全て一緒に、とはいかないまでも、お互いの認知がある中で過ごしたことになる。
すっかり「家族」で、しかも家長と妻、という役割をいつの間にか背負ったつもりはなくても背負っていた。
人は、役割を背負うと真っ当しなければという使命感に燃えるのかもしれない。
独身時代の、あのどこまでも、地球の果てまでも。更には地球外にまで好奇心旺盛だった、とのかく果てしなく自由を求めていた自分。
「あの頃の自分」が今の自分を見たら何と言うのだろうか。
「毎日家族のお世話で大変そうだね」
と言うのかもしれない。
たしかに、「あの頃の自分」は365日24時間すべて自分の好きなことを謳歌していた。大半は仕事だったのだけど、自分で希望した職に就けたのだから、喜んで時間を捧げていた。
「好きな時に飲みに行けないなんて、不自由すぎる!」
と言うのかもしれない。
「あの頃の自分」は、最終電車で帰宅しても、最寄りで気心知れた飲み屋に寄ってワイワイ常連仲間と飲んで、次の日フラフラになりながら仕事へ行っていた。
「キャリアアップはどうなった!?」
とびっくりするのかもしれない。
「あの頃の自分」は、役職が上に行けば行く程に自分の意見が通り、最高の采配を振るうことができるのだ!と息巻いていた。
でも。でも。
好きなことをしている時は意外と時間を持て余していたような気がする。
家に1人だと寂しいから、仲間に会いに行くことで自分の居場所を探していた気がする。
ひとつの職場でキャリアアップって、小さな居場所で無理しなきゃいけないのは違うような気がすると思っていた気がする。
そんな疑問を心の中に抱えながら、様々な場面でいくつもの選択をしながら生き進んできたのが「今の自分」。
だからきっと、「あの頃の自分」は今の私をみたら、こう言うに違いない。
「子供3人もいるのにひとり旅できるなんて、なんて自由で贅沢。いいなぁ、羨ましい!!」
座右の銘ではないけれど、「最大のライバルは自分の過去」
とずっと思って生きてきた。
そのライバルが羨ましがっているとは、なんたる優越感。なんたる達成感!!
ニヤニヤしちゃう。
こんな機会が訪れたのも、四半世紀の友であり、配偶者あったりしながら連れ添って来てくれた夫ならではの思い遣りに他ならない。
そして「いってらっしゃい」と送り出してくれた、大好きな子供たち。
気をつけてね、と送り出してくれる両親。
ひとりで家を飛び出すことで浮き彫りになる大切なもの。
つまるところ、これが、私がたどり着いた「幸せの形」なんだな。
帰る場所と待ってくれる人がある喜びを噛み締めつつ
いってきまーす!!!

