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コモトルティンのひきこもりブログ

(ダークなネタ多いので注意)私の世界観や思う事を徒然と書いていきます。「こんなやつでも楽しく生きれるのだ!」というのが伝わればよいかと。1日1回は更新予定。よろしくお願いしますm(__)m アメンバー限定記事更新予定(闇社会話☣)フォローして頂ければ幸いです。

 要は小宇宙(コスモ)です。嘘です。

 

生活保護の話は途中だが長くなるから終わり。

 

 ひきこもりは時間との闘いです。(注.通常の意味ではなく如何に時間を潰せるかという事です)

 

 生活保護を受けられても、快適なひきこもりライフを送るためには多数の趣味が必要だと思われます。特にSNSやネット関係に囚われすぎると精神を病みます。(病んでる方はひどくなります)特にSNSでは心にヘイトが溜まります。

 

 しかしそれでもネット環境は必要です。ポケットWi-Fiやスマホではひきこもりにはギガ数が足らず金がかかります。回線を引きましょう。

 

 欠かせないのは「アマゾンプライム」ですね!。

部屋で買い物ができる。素敵です。プライムビデオで好きなアニメやドラマ、映画が見放題。プライムNowでは食材や日用品までその日に配達。確か会費が月額500円くらいだったかと?

 あとはゲームやDIYなど自分に合った趣味をみつけてください。(ほぼ丸投げですね...)

 

 あと「部屋」です。ひきこもるという事は人生の大半を「部屋」で過ごすことになります。私は鬱がひどくなると部屋が散らかりがちです。部屋が汚いとさらに悪化の悪循環です。逆に無理をしてでも掃除をすると気分が晴れます。散らからないよう要らない物は捨て素敵な部屋にカスタマイズすると良いでしょう。

 

ちなみにスピーカースタンドはDIYです。(DIYも趣味)

 

 これで、快適なひきこもりライフの出来上がりです。(このブログも趣味の一つ)

 

 しかしそれではちょっとひきこもりすぎなので、たまには図書館に行ったり散歩したりしましょう。部屋に一人で悶々とした生活にならないようにするには、生活のリズムをとるなどの多少の努力が必要です。

 

以上

 

 

 

 まず生活保護について語りましょう。(悪用厳禁)

 

生活保護、言い方が悪いかもだが「恐ろしいほど便利な制度」なのです。

 

 自己破産などされる方もおられますが生活保護を受けた時点で借金払わなくてよいのです。何年かたてば借金も時効ですね。

 

 病気の治療費で生活苦の方もたくさんおられますが病院代もただです。

 

 生活保護は簡単には受けられないと思っておられる方多いと思いますが、実際は受けられます。(後で語るが厳密には簡単ではない。)そもそも生活保護を受けてひきこもりたいと言う方、その時点でかなりの高確率で精神を病んでいます。

 

 

 生活保護法  「日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長すること」(第1条)

 

 

小難しいですね。要約すると「困窮している日本国民はみんな生活保護を受けれます」という事です。

 

   生活保護に対する知識がない為にホームレスになったり、生活苦から首を吊るまで仕事のストレスに追い込まれたり、そんな方沢山おられるでしょう。

 

 部屋がなければ部屋を借りるお金として「一時給付金」が支給され、ふとんと家具代もでます。仕事辞めて家賃が払えないから追い出される等の理由でも支給されます。その場合は部屋を借りるお金と家具代の代わりに引越し費用が支給されます。

 

   でもなかなか難しいように感じられる方が多いかと…役所にもよりますが実際に難しいのです。なぜ難しいのか?

 

 保護費を受給する規定が厳しいからではなく、役所の方が平気で嘘をついて生活保護を受けさせないようにしようとするからです。

 

 私は刑務所で生活保護の本や六法全書を買って法律等をかなり勉強しました。刑務所から出所して生活に困ってるが「生活保護の申請ができなかった」方などでも私が一緒にいって交渉すると10人中10人が部屋を借りるお金から何から支給されました。

 

   一昔前までは今よりも酷い対応だったのですが、本来生活保護を受けらるはずの方が断られ「餓死してしまう」という事件が何度かメディアに取り上げられ、ある程度改善したようです。(これは殺人にならないの?)

 

   生活保護の申請は全ての人が出来ます。(ただ申請が通るかどうかは別です。)

申請を断るのは法律違反だそうです。

 

   いくつか役所のデタラメな対応をとりあげます。

 まず申請をさせない。

  やりとりは「生活保護の申請に来ました」→役所「申請の相談ですね?」ほとんどの方は「はい」と答えますが実は「いいえ」なのです。

   申請の相談ではなく申請しにきたのだから。

   「はい」と言ったら「親族の方に援助を」「日払いの仕事は?」など話をはぐらかします。ひどい時は上記のような「申請にきました」→「相談ですね」→「いえ申請に来ました」→「申請の相談ですよね」…のやりとりを5.6回繰り返したことも…

    これは通称「窓際作戦」と言って申請自体をさせないと言う悪質なものなのです。

 

   次に目立つのは「部屋が無いと住所がないから申請できません。」です。恐ろしい嘘です。

   知人の力を借りれる人は「知人の部屋に間借りをしている」という形で知人の住所で申請します。

   では頼れる人がいなければ申請出来ないのか?出来ます。窓口が変わる所もあるようですが1度「ホームレスで博多駅に住んでます」という形で申請書の住所の欄に「博多駅」と書かせて保護を通したこともあります。

   生活保護の場合、住民票の住所は関係なく現在住んでいる所の住所なのです。なので部屋がなくても「何丁目の神社で生活してます」というとそこが自分の住所なのです

 

   と言った感じで役所はなんやかんや嘘ついたりはぐらかしたりで、「知識と交渉力」がないと生活保護をうけるのは難しいのです。

 

   長くなったので続きは次回…

 

   

 

 最初にいい顔をしたい。

 これは私に二面性があるからだろうか?

いや、表面しかない薄っぺらい人間なんかいないだろう...?

 

 Twitterで趣味のアカウントを作った。初めてのTwitterだったし偏見を持たれたくなかったので過去の事やリアルの闇の部分(プロフィール参照)は徹底的に伏せていい人ぶった。(私は基本いい人だと自分では思うが、やはり悪い部分が悪い)いい人ぶったんではなく、「悪い面を徹底的に隠した」が正確な表現だな。

 

 フォロワーさんもかなり増え、楽しくなって来た所で変なのに絡まれた。絡まれたというか他の相互さんに嫌な思いさせてるっぽかったのでイラっとしてちょっと正論を述べたら癇に障ったらしい。人目に触れないようにダイレクトメールで激しいやり取りをしたらバカにしたような感じでやり取りを全部晒された。内容には私の闇の部分もずいぶん入っていたので困ったものだ...

 

 それを見ても変わらずに仲良くしてくれる方も多かったが去っていった方もいただろう。

 

 このブログを始めたのはTwitterのフォロワーさんとの会話の流れがきっかけだが、赤裸々に語ろうと思ったのはやはり一度闇の部分をTwitterで晒されたからだろう。

 

 それでもやはり赤裸々に語るブログを書くのには抵抗があった。Twitterの私のプロフィールからこのブログに飛べるようにしたのだ。

書く事よりTwitterから飛べるようにする事に抵抗があったのだろう。

フォロワーさんが減るかもしれないからだ。

 

 それでも良しとしたのはすべての人に好かれるのは無理だろうし、それどころか嫌われないのも難しいだろう。「それが当たり前」というのを考え方の前提におかないと今後苦しくなるような気がした。せっかく頑張って試行錯誤し増やしたフォロワーさんだが去る者は仕方がない。

「また新しい出会いがあるさ」と思うことにした。

 

 そういう事で「始めが肝心」というお話だったが「終わりよければすべてよし」ということにしよう。始めにタイトル決めたからおかしくなったのかな?まいいや。始めも終わりもグダグダだがそれでも良し!

 

 

 この話は自分でも最悪だと思うし人間性をうたがわれそうだが「謝罪の気持ち」と「自分への罰」としてあえて書こう...でも最後にちょっと言い訳しようかな(;´∀`)

 

  あれは私が20代前半の頃。

 長野県で20代半ばの人妻「Mさん」と恋に落ちた。

 私は神戸に引っ越すことが決まっていたがMさんを「もしよければ旦那と別れて一緒に来ないか?」と誘った。 Mさんは旦那と不仲だった事もあり離婚して仕事も辞め神戸に来ることになった。

 

  一足先に私は神戸に行き部屋を借りて新しい生活を始めた。Mさんは長野県出身で今まで地元から離れて生活した事が無く、離婚や退職の手続き、家族の説得などに時間がかかるため暫くは私一人での生活である。

 

 当時の私は寂しがりやでMさんと会えない生活は苦痛だった。それに耐えかねた私は普段はしない「ナンパ」をしたら可愛い娘「Kさん」が引っ掛かった。当時の私は惚れやすかった。【現在も若干惚れやすいが、逆に一人が好きになったので恋をして精神的ダメージを食らわないように気を付けている】

 

 そんな私は上流の川の水が流れるが如き速さでKさんと恋に落ちた...しかしMさんが神戸に来る日は近づいている。既に離婚して退職しているとのこと。私はMさんに「来ないでくれ」という一言が言えなかった...

 

 Mさんが私の部屋に引っ越してきた。だが私の気持ちはKさんに染まっておりほとんど部屋に帰ることはなかった。ある日、部屋に帰るとMさんが部屋の隅っこで泣いていた。

 私の言葉を信じ、すべてを捨てて一人知らない土地へ来たのだ。当然友達どころか知り合いさえいない。なんてことだ..

 

 荷物をまとめ、いつ帰るかもわからない私を一人寂しく待ってたのだろう。 Mさんは「私返るね...」と小さい声でつぶやいた。

 私は「分かった...」と一言だけ返した。

 

 Mさんはそのまま何も言わず泣きながら部屋を出て行った。そんな彼女に私も何も言えなかった。それがMさんとの最後だった。

 

 

 最後に言い訳しようと思っていたが書きながら苦しくなったので終わり。          

               「当時の私よ、死んでくれ...」