『秒速5センチメートル』
こんばんは、お久しぶりです。いやあ、定期的に更新するって難しいですね。やっぱり春休みは忙しいです。今日は、本ではなくアニメの感想を書きたいと思います。おそらく多くの方が知っているであろう、『秒速5センチメートル』です。新海誠監督の作品です。「秒速5センチメートル」というのは、桜の花びらが落ちるスピードだそうで。劇中のセリフで出てきますが、このタイトルはこのアニメのテーマである「距離」を連想させます。3部構成ですべて合わせても1時間と少しという短さです。しかし、その短さを全く感じさせない満足感ですね。僕が特に強く感じるのは、背景の美しさと、共感のしやすさです。まず、背景の絵は、新海誠作品を観たことがある方ならおわかりだと思いますが、言うまでもなく衝撃的に美しいです。都会の風景も雪の風景も島の風景も。間違いなくこの背景が作品の価値を十倍以上に高めているでしょうね。さて、もう一つの共感のしやすさですが。たまにどの登場人物にも共感できないみたいなアニメやドラマもあったりしますが、この作品に関しては共感が止まりません。以下、ネタバレ的な部分が多いですので、ご注意ください。まず、第一話『桜花抄』。ここでは主人公の貴樹とヒロインの明里の中学校時代までが描かれます。ずっと一緒だと思っていた二人は、中学でバラバラになります。しかし、それから1年が経つとき、鹿児島への転校が決まった貴樹は明里のいる栃木へ会いに行きます。雪で大幅に遅れる電車。とっくに過ぎてしまった待ち合わせ時間。不安と悔しさと申し訳なさによってか、泣きそうになる貴樹。でも真夜中に駅に着いたとき、明里は誰もいない駅で待っていました。久しぶりの再会にも関わらず、心から落ち着いた時間を過ごす二人。まだ雪に覆われた桜の木の下で、二人は初めてキスをします。この後の貴樹の語りが、僕にとっては本当に心に響きました。人は本当に愛を知ったとき、すべてが変わってしまうんですね。「あのキスの前と後では、世界の何もかもが変わってしまった」なんていうかもう、ある意味何もかもがどうでも良くなるんですね。もちろん明日をどう生きるかとかっていう問題は現実にあるわけで、でもそんなことは忘れてしまう。というか、どこかに行ってしまう。本当に愛している人を前にすると、そういう感情になるのはわかります。二人が再び離れてしまうところで第一話は終わり。第二話『コスモナウト』。これは、鹿児島に転校した貴樹の話です。宇宙センターのある島で、随所に宇宙の描写が出てきますが、これは貴樹がずっと想い続けている明里との距離と重ねられているのでしょう。ここでは一途に貴樹に片思いする花苗という少女が出てきます。貴樹は花苗に対しても優しく接しますが、その眼はどこか虚ろです。花苗もそれに気づいています。それでも、心はどんどん貴樹に惹かれていきます。花苗は何度も心の中で言います。「優しくしないで」自分があまりにも好きな人に優しくされて、しかもその人の心の中に自分はいないとわかっているとき、その優しさは辛いだけです。僕も身をもって感じた事があります。女々しいとかは言わないでください。笑でも逆もあります。自分のことを好きだと思ってくれる人に対して、こちらはなんとも思っていないのにその人に優しくするのは、その人を苦しめるだけだとわかってはいるのだけど。それでも優しくしてしまう。でも、これって、本当は自分を守りたいんだよなあ、と最近はわかってきました。自分や他人の中の、「優しい自分像」を壊したくないとか、性格の悪いことを言えば、人に優しくしている自分に酔っているとか、もっともっと性格の悪いことを言えば、せっかくの相手からの好意をキープしておきたいとか。確かに相手を傷つけたくないから優しくするっていうのは第一なのですが、その優しさは二人をどこにも連れて行かない、と気づき始めました。でも、そう簡単に振り切ることもできないので難しいんですよね。貴樹に話を戻すと、彼の場合はただただ遠くを見つめて近くを見ていないだけで、花苗を弄んでやろうみたいな気持ちはないようですが、この話を観てそんなことを思ってしまいました。花苗にも共感して泣きそうになってしまうし、貴樹の行動もなんとなくわかります。さて、最後の第三話『秒速5センチメートル』。初めて観たときは、予想を裏切られすぎて何がなんだか理解できませんでした。ただ、貴樹は過去にとらわれすぎたのです。中学生にして本当の愛を知ってしまい、それが不条理な形で引き裂かれてしまったので、以降うまく前に進むことができなくなってしまったのでしょう。ここでまた僕自身の話になって恐縮なのですが、僕も過去にとらわれる傾向が強いと思っています。中学生のときは小学校に戻りたいと思い、高校生のときは中学校に戻りたいと思い、大学に入ると高校に戻りたいと思ってしまいます。この調子でいくと、社会人になったら大学に戻りたくなるのでしょうね。でも、当たり前ですが、それではいけませんよね。昔あった場所を大事にするのは悪いことではありませんが、それに執着しすぎて、今いる場所に順応することを怠ってはいけないと思います。人は誰しも、しっかりと自分を受け入れてくれる居場所が必要なのだと思います。それがなければ、ふらふらと彷徨い、自分自身も見失ってしまう気がします。しかし、その「居場所」には有効期限があると思うのです。昔、その場所にいてくれた人たちも、それぞれ自分の道を進むにつれて、離れて行ってしまったり、変わっていってしまったりするのです。それは本当に悲しいことではありますが、それを受け入れられず、昔いた場所に留まり続けていたら、そのうちきっと一人でぽつんと佇んでいる自分に気づくと思います。だから、少しずつでも前を向いて、「自分の居場所」を更新していかなければならない。新しい場所で、そこを「居場所」にする努力をしなければならないと思います。過去にとらわれすぎた貴樹の心は、「弾力を失って」いきます。完璧な愛を早くに知ってしまい、遠くにあるそれに手を伸ばし続けた結果、今近くにいるはずの人と心を近づけるということができなくなったのでしょう。決してハッピーエンドとは言えない結末です。強いて言えば貴樹の自業自得なのでしょうが、でも自分に重なるところがあって、本当に胸が苦しくなりました。もう一つ、特筆すべき点は、非常に主題歌とマッチしているところです。あまりにマッチしすぎて、このアニメ全体が「山崎まさよしのよくできたミュージックビデオ」なんて揶揄されているのも見たことがあります。確かにそう言いたくなるほどマッチしています。主題歌の『One more time,One more chance』は、歌詞から察するにおそらく死別の歌で、そこはアニメのストーリーとは違いますが、どこでもその人の面影を探してしまうという点では、非常にマッチしています。郷愁というか何か切なさを感じさせるメロディと、その曲のサビに乗せてほんの一瞬のカットで明かされる明里の現在が、観るものを呆然とさせます。という感じで書いてきましたが。随分と長くなってしまいました。ここまで余韻を残す、そして入り込める作品はそうそうない気がします。先ほども言いましたが1時間程度の短い作品ですので、ぜひ皆さんに観てほしいと思います。僕もしばらくしたらまた観ようと思います。それではみなさん、ごきげんよう。