母はもう極楽浄土に着いただろうか

早いもので今日は四十九日のお参りでした

実家へは片道1時間のドライブ

この道を何度往復しただろう

施設に入ってからの4年間だけでも

月に2、3回は行ってたな

今日で一区切りだと思うと感慨深い。


お坊様は四十九日をかけて

7つの関所を回り阿弥陀様のいる

西方浄土に行くと言われた

今頃は懐かしい人たちに再会して

盛り上がっているのだろう

私は霊感がなく母の気配を全く感じないけど

そろそろ会ってみたいなぁ


あの葬儀の日の

火葬場で待つ間に出された食事は

偶然にも父の従兄弟がやっている

お寿司屋さんの料理だった

こんなご縁があるとは思ってなくて

すごくびっくりした

私の父は40年前に亡くなっていて

ようやく迎えに来たんだなぁと思った

ひとりで頑張ってきた母の

嬉しそうな顔が目に浮かぶ


そしてまた交流が始まったひとつ年上の従姉妹

家にお邪魔したりLINEしたり

第二の人生を送る彼女は

趣味のキルトと大きめの家庭菜園を楽しんでいる

本人は色々不満があるようだが

理想的な生活やなぁと羨ましい


そんなことで

葬儀をきっかけに色んなご縁をもらっている

これからは病気の治療を最優先に

必要でないものを手放していく

人間関係も、場所も、物もいろいろ

身軽になって生きていくよ

見守っててな、お母ちゃん😊



92歳の母親が体調を崩し入院している

先生から老衰だと言われている

ご飯は誤嚥するため絶食となり

それに代わる点滴は

心不全を起こした心臓に負担がかかるため

制限されている

血管が細くもうボロボロらしい。

薬も飲めないので貼り薬のみ…


2ヶ月ほど前から口数が減った

よく喋る人だったのに

耳も聞こえが悪くなった

あと2、3年頑張るわぁと言っていたのは

春頃だったかな

老衰は本人にも家族にもツラい

じわじわ弱っていく

面会に行くたびに弱っているのがわかる


しばらくして主治医の先生からの呼び出しがあった

兄と2人で行ってきた

現状と今後の確認

治療はどうするか

延命治療をどうするか私たちが決める

この重い選択

とうとうこの時が来た


その後病室で母に会った

ほとんど話せないけど

意識はしっかりしているので

問いかけると目で答える

母の顔を見てさっきした選択を思い出し泣けてくる


それから3日ほどして病院からの呼び出し

急いで行くともう意識がなかった

呼んでも手を握っても反応がない

ただ荒い呼吸のみ

チアノーゼが出始めていた

しんどい終末期を乗り越え

やっと楽になれるねと手を握りしめた

人はいつか死ぬ

持って行けるものは思い出のみ

その思い出も忘れていく

長年住んだ家も、お気に入りの庭も

趣味のちぎり絵や手芸のかばんや小物

私たちにたくさんの思い出を残して

母は静かに旅立った



そして私は今入院中である

術後は全身麻酔の影響でぼんやりしていたけど

動き出したら回復するのが早い

経過は順調であと2日ほどで退院できる予定

時々孫たちからLINE電話がきて

楽しませてくれる

退院の日はランチに誘ってくれた


母は私の入院に影響が出ないように旅立った

ちょっと難しかったと言われた手術も

経過は順調に回復している

どこかで見ていてくれる気がして心強い