仕事の昼休み。
今日も1日の半分が終わり、画面の前に座ってカタカタと仕事をする時間も半分に差し掛かった。歳を重ねるごとに時間の感覚が早くなっていくという科学的な研究があるようだが、8時半から12時までの3時間半はどうしたって長い。仕事をする時間の経過が早いという点では窓口対応が入っているときのほうがありがたい。今日は昼休みまでの3時間半、僕の対応すべき案件は1件もなかった。とはいっても電話が鳴れば僕のところにある電話が鳴るから出るし、僕が1番窓口に近いので担当者まで案内する。それなりに手は止まり、その度に(あれ?今どこまで進めていたんだっけ?)とか(あ、開いていたページ閉じちゃった)とか(コピー機行こうとしてたんだった)とか、効率の悪化と自己嫌悪が比例しているのを感じる。
僕は昼休みに本を読んでいる。その時間で頭をリセットしなくてはならないからだ。違う世界に頭を連れて行って、なんとか脳に午後の分の酸素を取り入れるのには読書が1番自分に合っている。
今日は村田沙耶香さんの『消滅世界』を読んでいた。
「こめくん、何読んでるの?」
上司だ。そこはかとなくジローラモのような雰囲気を醸し出す40代男性。雰囲気を醸し出しているだけで見た目やサイズ感は全くジローラモではない。ジローラモはジローラモだからジローラモなのであって、中年小太りの40代男性が放つジローラモの雰囲気はただの距離感を間違えているおじさんである。
ここで村田沙耶香さんの名前を出して果たして通じるだろうか。村田さんは数々の賞を受賞しているし、本屋に行っても名前の仕切りがあるくらいには有名だと僕は思っているが、読書をしない人には通じないかもしれない。僕が17ライバーやTikTokerを知らないように、読書をしない人には知らないかもしれない。
でも待てよ?何を読んでいるか聞いてくるということは、それなりに本が好きなのか?この和製ジローラモとはこれまで何かの話が広がったことはないが、広がるとしたらこの話題なのか?
ただ、果たして僕は和製ジローラモと盛り上がりたいのか?
聞かれたその一瞬でぐるぐると考えたが、答えは出ず結局
「村田沙耶香さんの『消滅世界』です。」と答えた。
「へぇ」と返ってきた。
「『コンビニ人間』で芥川賞をとりました。」
「へぇ」
(これ、知らないな?)と悟った。村田沙耶香さんを紹介するテンプレートとしては合格点のアンサーをしたのに「へぇ」は絶対に知らないな。それでよく人が読んでいた本に食いついてきたな。百歩譲って村田沙耶香さんを知らなかったとしても、「へぇ」はないでしょ。そっちか聞いてきてるんだから。トリビアの泉のビビる大木さんでももっと選別して「へぇ」を出していたと記憶する。
「俺の愛読書があるんだけど、こめくんに貸してあげるよ」
「え、なんですか?」
見せられたのは、日本と海外とを比較したようなユーモラスな新書だった。断る余地もなく僕の机に置かれたその新書に、話すネタができたなぁ以外のユーモアは感じることができなかった。
そうか、この上司の薄汚れたジローラモ感はここからきていたのか!僕はとても納得がいった。
僕はこれを返さなければならない。借りてしまった以上、何か感想を添えて、だ。
とりあえずアマゾンのレビューを見ることにしよう。