あれからどれほど時がたっただろうか
まだ、残暑の残るある秋のことであった
とある大きな島で学校が閉校になることを踏まえ島民全員が本土で生活することとなったのだ 
それを踏まえ 引越輸送を行うこととなった
そのため貨物船3隻 客船3隻計6隻と護衛艦船による護衛の下、まずは館山鎮守府を目指すことになった。
船団はカイトの海防船を先頭に貨物船と客船を複縦陣に配置その横に特設駆逐艦、特設砲艦、海防艦、駆潜艇、対空戦闘船、駆逐艦が守り、最後尾を八雲が付き、船団は少しゆっくりとした6.5ノット速力で航行していた。
これは、客船が揺れるのを防ぐ為でもあるのだが、1番は燃料の節約であった いくら余裕があるとはいえ何かあった時のために温存しなくてはならない、こうしてこの速力で航行していたまた、翌日からは特設水上機母艦が船団に二隻加入し船団周辺を哨戒飛行させ より一層敵を発見しやすくさせた、フラップを最大まで展開させた三四式戦闘機の水上機使用は最低飛行速度前後を保ちながら2人載せた状態で飛行しつつ見張りをしていたそして夜の事 10㌔爆弾を詰んだ状態で飛んでいた一気が浮上攻撃を仕掛けてきた敵潜水艦を発見し、積んでいた爆弾を投下した後、弾薬は曳光炸裂徹甲弾を詰んでいたので急上昇の後フラップをエアブレーキを展開しながら急降下 200㍉を打ち込み追い払った後他の機体と入れ替わりつつその後も哨戒を続けていた もちろん敵の潜水艦のことは報告されており船団は速力を7ノットにあげて目的地を目指した
敵は酸素魚雷ではなく通常魚雷を使っているから発見は容易なのだがとにかくやり方が汚いのだ
出発してから数日後の夕暮れ
今日を乗り越えればあとは到着というところまで来ているところであった
船団のうち最も人を乗せている船であり新型の貨物船のプロトタイプのうちの一隻がエンジン不調で少し遅れがちになりかけていたが問題なく航行していたその時だった
敵の突入水雷(回天のようなもの)が3つ程突入してきたのだった
3発とも命中し、第一船倉左舷 第六船倉左舷 第七船倉左舷に命中し立て続けに水柱が上がった
夜間のためよく見えなかったのだが聞こえるはずのない爆発音がした為疑っていた
その直後再度2回爆発音がした
どうやら右舷にも命中したようであった
しかも被雷場所はいずれも乗船者のいるところだけで明らかな殺意があるではないかというレベルであった
何故、貨物船にも乗っていたかと言うと知らされていた人数よりも多かった為であった
各船には迫撃砲を積んでいて戦力を上げていた
これは、生存者達の証言を元にまとめた事である
見張り員の証言では直角に当たるように来ていたのでそれを報告取舵で回避に移ろうとしたが殆ど効果を示さぬまま食らったと思うと言っていた
また、訓練中の三等運転士(当時一等運転士の指導の元操舵していた)の証言をここで重ねると
魚雷接近と連絡を受けて船長が取舵一杯!全速前進とにかく左に回せるだけ舵を回せ!エンジンも回せるだけぶん回せとの指示を受け舵を思いっきり回した 船が旋回しだしたと思ったらドドーンと爆発音とともに船が揺れたという
ここで機関士長の証言を重ねる
全速前進の指示を受け変速比率を下げてキックダウンの後加速の為にエンジンの回転数を上げた キックダウンして回転数が上がったと思ったらなにか音がして船が揺れたという
船長が窓を覗くと浸水が確認できたので避難指示をして乗組員は乗船者に知らせに走る
その頃の船倉の様子を生存者の子供の言葉を元に書くと船が揺れ出しだと思ったらドカンの音とともに吹っ飛ばされ人達に挟まれていた
私と共に飛ばされた人は血を流してタヒんでいた
メリメリと音と共に水が一気に流れ込んできたので持っていた荷物だけを持って急いで甲板に上がろうとし他が間に合わず浸水してきた水に押し流されるように甲板まで飛ばされた流されている間に二回爆発音を聞いたという
この三発目が第七船倉左舷に命中し爆発したと同時にそこから後ろが吹き飛ばされるようにして船尾楼を轟沈させた これにより第七船倉乗船者全滅 第六は奇跡的にその下の区画に当たったため半数以上が脱出に成功 しかし第七船倉からの浸水で本数は帰らぬ人となってしまった
この時迫撃砲受の兵員がメリメリメリと言うよりバリバリバリと聞こえてきたので これはまずいと思い報告に向かっていたことで判明
(ここまでで10分は経過していると思われる)
無線担当の乗組員はSOS信号を発信
見習い無線員にお前は逃げろといいSOSを発信し続け殉職
この時機関室は荷物を持って機関士達が脱出したあとでこの一分後に機関室と燃料区画に魚雷を受け引火するがこの時点では爆発はしなかった。
この間も浸水は続いており第六船倉に側に傾きつつ沈みかけていた
現時点での生存者の7割が脱出を成功した頃右舷側に二発突っ込んできた。
このうちの一発が自衛武装の保管庫 残りがボイラー室に命中 大爆発を起こし瞬時に沈んだ
船団の他の船もこの時既に狙われており退避せざるを得なかった。
避難の成功したものは救命ボートが転覆してしまった為筏に乗って漂流を開始した
この時既に八雲の艦内で救助要請をしており
近くで公開演習をしていた特設砲艦と特設海防艦の艦隊救助に向かった
もちろん救助中に敵は魚雷を撃ってきたのだが
この艦隊は特設艦による艦隊の中でもベテランやエース、等の強者と彼らに訓練を受ける者達がいるという強者艦隊で正規の艦(駆逐艦や砲艦等の特設ではない艦)による艦隊には劣るが引けを取らないほどの腕の持ち主たちばかりで魚雷発射音を探知した瞬間包囲を特定魚雷迎撃と爆雷を投下した。
その間も救助は続けられ、救助されるまでに力尽きたものを除き全員が救助された
その頃潜水艦と潜水特攻母艦はと言うと船団の50㌔西を同航戦のような感じで航行しており
それを、輸送機が発見し打電してきたのである
だが、船団を離れると狙われる危険があることから近くの艦艇に指示を出し撃沈させに向かわせた だが潜水艦の撃沈は出来たが母艦の方は撃沈できなかった
翌日の昼その母艦が故障して停泊してるのを発見しスクリューを上手く破壊し停泊させて乗り移り拿捕
応急修理の後曳航しつつ最寄りのドッグに入渠させた
その翌日敵の偽装巡洋艦(仮装巡洋艦)が航行していたので拿捕し拿号巡洋船として整備その後これよりもさらに高速のものを拿捕しこちらを拿号軽巡洋船 最初に拿捕したものを重巡洋船とした
また、動力室に装甲を追加した
また、主砲等の武装を防衛隊規格に変更
燃料の自動投入装置の導入等を行い晴れて正式に編入となった
と言えど所詮は商船、そこまで性能は高くはない だが兵員の輸送にも使えることから使用船舶削減に少しは繋がってきたのだった
だが、ごく一部に過ぎなかった
ところ変わってハワイから横浜港迄の航行に修学旅行生達を便乗させることになった
教員10名生徒約200名を載せた軽巡洋船はホノルルの港を出航した
航海副長「横浜までは15日位の予定ですが道中何が起こるか」
副船長「なに、何も起きないと願おうじゃないか」
このようなやり取りの後教員達に命令をしそれを生徒達に伝えられた
それから数日 小笠原の沖合を通り過ぎ翌日の昼過ぎには着くという頃で横須賀所属の海防船隊
と合流 船団となり向かっていた
そして翌日の朝 生徒達は荷物を持って甲板に出てる者もいた
入港したら出ようと考えてるものも半分くらいいた
そして入港30分前
既に港では船が見えていた
この時館山鎮守府で八雲の整備を終え試運転しようとしている最中であった
六回の爆発音と共に非常汽笛
その後モールス汽笛にて
ワレヒライシセリ キユウエン モトム
というのを聞き八雲を現場に走らせる
だが、この時点で既に浸水がかなり進んでおり
着いた時にはほとんど海中に没しており
サルベージ船を呼び寄せたその間八雲が横付けし固定し沈まないようにして
サルベージ船が到着した後引き上げ応急修理をし入港し全員生存の上で下船させ、館山鎮守府にドック入りしたのだった
                                                     続く