本作中には十兵衛と源太という二人の大工が登場する。
十兵衛は、抜群の腕を持ちながら世渡りが下手な大工であり、
仲間からは「のっそり」と呼ばれる男である。源太は、先の工事を
みごとに完成させた武州の国川越の名棟梁であり、江戸谷中の
感応寺で「五重塔」を建てることになった。
そこに十兵衛が現れ、「この堂塔は、ぜひ私の手で」
と住職に泣きついた。十兵衛は源太の下で働く大工で、
源太の女房お吉や弟子たちは怒り、十兵衛の女房お浪も反感を抱いた。
しかし、十兵衛は気持ちを変えようとせず、自分の腕をふるって、
後世に名を残したいと考えていた。そんな彼の気持ちを
感応寺の住職だけはよく理解してくれた。
源太と十兵衛を呼んで仕事の譲り合いを提案し、最終的には
二人の話し合いに任せた。源太は共同で建てることを提案するが、
十兵衛はこれを受け入れず、あくまでも自分一人で建てると譲らない。
源太は途方に暮れ、結局「五重塔」の工事に辞退を申し出、
寺は十兵衛に任せる事となった。源太は智恵を貸そうとするが、
それも断られ怒は頂点に達する。
工事が始まると、十兵衛には鬼気迫るものがある。ある日、源太の
弟子に襲われて片耳を失うが、それでも十兵衛は仕事を休まず、
その意気込みが現場を動かし、五重塔は立派に完成する。
落成式前夜、江戸は暴風に襲われたが、十兵衛は自信を
もって動こうとしない。最後は「塔の倒れるときが自分の死ぬとき」と
心に決めて、塔に上る。塔の下には心配して見守る棟梁源太の姿もあった。
一夜明けると江戸中は大きな被害を受けていたが、
十兵衛の建てた五重塔は無傷でそびえ建っていた。
住職は落成式で「江都の住人十兵衛之を造り、川越源太之を成す」
と記したのだった。