ああ死んでしまう、死んでしまう。

ブログを書くのは初めてです。脳内では何回も連載したことがあります。小4から。

たとえば好きな曲の歌詞書き連ねてそれの考察を書く、みたいなことはメモアプリにやってました。

生まれっつき空想妄想が強い気性です。取り柄だと思ってるし仇だと思ってる。ADHDって一言で表せられる。つらい。

 

こんにちは。

ああ、こんにちは。

 

自己紹介と言っても、己の名前とか、そういうものを考えるのすら面倒なので。

確定している情報というか、趣味趣向について話させてください。

年齢は14歳、え、14歳⋯。

プリキュアはあんなにキラキラしてるのに、どうして私はドブネズミみたいな生活を送ってるの。

ああもう行きます。

毒親持ち多分ADHDパニ障持ち学校登校勢の逆張りオタク女です!

⋯言ってしまった。言ってしまった。客観視すると(しなくても)私って社会的に居ないほうがマシな人間ですが、それでも生きてます。

 

 

小さい頃から哲学、文学、歴史、宗教などの倫理的なジレンマを問う学問が大好きでした。

YouTubeのオススメ欄はだいたいそれで埋まるくらいで、周りから得た知識を披露することが好きでした。

知らないことを知りたい、と思うその心は結構うつくしいもので、そこだけは褒められることが多いです。そこだけは、私の根だと信じています。

でもそこからが挫折苦節です。私も中学生のくせに自分の人生偉そうに語りたくありませんでした。

私はけっこう、一人の人と親密な関係性を重点的に築くタイプです。ですから、言うなれば陰キャという、良くも悪くも依存されやすい人です。

今までの友達みんな不登校になりました(これはいつか書かせてください)。だいたいその全てが家庭環境の悪い子たちで、私は当時、やさしいとはやさしいほど純粋な心を持っていたため、苦しんであがいて人のために尽力を尽くしていました。

結局人は救えないのです。小学生の少女なんかには、そんな社会的なテーマ負わされても。

防御としての、自責。わかりますか、防御としての自責を。

なんにもなんにも、何言われても何されても大体は自分のせいだと思いこんで生きるのです。

自分のせいだと思いこむと、どうして辛いのかほんとにわかんなくなって、でも辛くて、そういう時はイタさに傾倒していって。

気づけば学校では先生にモラハラまがいのことされて、苦しんでいました。

毎日家にかえってやさしいころの私は涙を流していました。どうして、どうして私は何の力にもなれないんだろう。どうしてこんなダメな人間なんだろう。劣等感が起因して、いつの間にか勉学のやる気も無くなってました。

 

 

小学5年生のとき、人間失格に出会います。太宰治のです。

もちろん出会った理由はネットサーフィンです。それまでは文学作品などは⋯まあ、触れるには触れたけれども本格的に読んだことは無かったのです。

読んで思いました。

うおおおおおおおすげえええええええ⋯これが文学!?これが太宰治?どうしてここまで自分の内奥の感情を客観視出来るんだ!すげええええ⋯てかこれ私やん!!大爆笑⋯

みたいな感じですっごい興奮したことを覚えてます。正直でてくる下ネタの意味とかは全くわからなかったし、繊細な心に共鳴しただけでそこまでの廃人ではなかったのに、それでも、繊細な心で共鳴しました。

今太宰治を読んで見れば、ああこれ、なんか違うって思うんですけど、それでも当時の支えとなっていたことを思い出して微笑むのです。そこから人間不信ゆえの、学校生活で使わない学問へのめり込んでいきました。それはもう、凄かったです。当時の私は。

いつの日か、私もこんなふうに人を救えるようになりたいと願望を抱き始めます。

 

 

中学に上がってから、言ってしまえば私は変わりました。人格ごと変わりました。

急に言語が与えられたみたいに人と話せるようになって、あ、言葉って発しても怒られたり殺されたりしないんだ、と純粋に驚きました。

私みたいなゴミクズが話し始めたらきっと殺される。その前に自殺してしまうのではないかという概念が脳をいままで支配していたのですが、緩和していったのです。 (理由はわかりません)

社会が広がったような気がしました。今まで私は内面世界と対峙していて、目の見えないまま考えを持っている。客観視なんて無理がある話。でも社会、周りの意見を聞くと⋯なんだか失念しました。

私は、悪くありませんでした。

私が小学校時代受けていたモラハラとか、過去の友達が背負わせてきたものは、私のせいじゃなくって外部のせいだと。

みんな心配します。かわいそう、ああ、かわいそう。

え⋯これ私悪くないの?え?なんで?

私は自分を肯定されたことによって、逆に疑心暗鬼になってしまいました。

今まで起きた悪夢が、私のせいじゃなくって外部のせいだったなら。

 

それはひとえに、運が悪いだけじゃないか。

 

それはひとえに環境がカスだっただけじゃないか。私のせいじゃなくて、周りのせいじゃないか。

ええ、だったらどうしてこの人たちは普通に生きてるの?

なんで話すことに怯えないで、まだ真っ直ぐな芯をおられないで幸せに居るの?

 

事実はより一層私を苦しめました。理解ができないからです。

説明がつかないことを事実として片付けられて、原因が己ではないとなると、そりゃあもう、イヤでした。

 

ということで、それから一年は家族のせいで大変な目に遭うのですが

めっちゃ死にたいわ、鬱すぎる、もう書きたくねえや。

 

ちなみにこんなコト言ってる私はMBTIがENTPです。らしくないでしょ。

ここから現在に至って、こんな風に思慮深い人間が壊れてしまうのは見ていて不快でしょうから、ここまで読めた人がいたら相当勇者だと思いますよ。

 

以上、自己紹介という名の自己満足で悦に浸る自慰と同義の文章でした!