当たり前っちゃ当たり前というか大体の人がそうなんだろうと思うけど子どもの頃思い描いていたのとは全く違う人生になっていて面白い


ちっちゃい頃はパン屋さんになりたくて小学校の2分の1成人式の時は公務員になりたいと書いた覚えがある。

パン屋になりたいと言っていた時は母親がよくパンを焼いていた、公務員になりたいと書いた時は母親は役所で働いていた。冷静に考えて10歳で将来の夢公務員とか書くガキなんて本当に可愛げが無さすぎると思う。ただ思い出した。10歳の私はもう既に自分が自分の人生について諦めていたということ。


いつからだったか分からないけど母親は私をだんだん見なくなった。普通にガキだったので子供なりに私は一生懸命母親の気を引こうと頑張って余計無視されていた。気が付けば大きく距離が離れていて、でも私はその距離を縮めたくてとにかく必死だった。






何をしても無駄だったと気付いたのは高校生の時だった。中学校で勉強を頑張っていた私は高校では逆に勉強をやらない作戦をたてた。母親が気に入っていたのは成績の良くない、学校で問題を起こす弟の方だったからだ。



今考えればあの頃の母親には余裕が無かったのだと分かる。福岡から誰1人知り合いのいない土地へ引っ越してきてフルタイムで働いていた。仕方なかったよねと言いたいけど子供だった私にとってそれは厳しいものだった。


嫌味を言われても、悪口を言われても、八つ当たりされても、無視されてもずっと耐えてたよ。自分が我慢すれば、黙っていればそれで終われたから。




でも必要ない痛みだったと思う、我慢だったと思う。大人になった私は助けてほしい時に助けを求める方法が分からない、どういうふうに誰に相談したらいいかが分からない。もう誰も信用出来ない。


どんなに辛くても我慢は沢山出来るから自分が辛い思いを引き受ければ問題ないかなと思って、今度は自分で自分を傷付けている。死ななくてよかったと思うし死にたいとはもう思わないけど、選択的にはあの時死んでいた方がよかったと思うことがよくある。