おはようございます!
毎日暑いですね🥵
プールに毎日入ってる様な
息苦しい感じですね!
朝早めに玄関のドア開けて
空気の入れ替えすると
なんだか、爽やかな気分になりました😊
今日は
私が怖かったものについて。
私は、がっつり愛着に問題があると
思っています。
母親、父親、幼少期に私たち姉妹を面倒を見てくれた方達
誰をとっても、今思っても
「うーーん」
子育て には不向きな人達だったなーー
と思うんですね。
そんな、こんなで拗らせているんですけど
ふと
今日思った事。
私は、愛されていなかった
と 認める事
がとてつもなく怖かった!
と思いました。
親から
彼から
愛されていなかった
と
認める事が
自分生死をかける程
怖かったのだと
愛されなかった時
愛されなかったとして
私はどう生きていくのか?
愛されていなかった。
そこに、愛はなかった。
そう、認め時
自分はどう生きていくのか?
を初めて考えられるのかも、しれないなあ。
といっても
見方を変えれば
愛されていなかった、事の証拠探しを
しているだけなんですけどね。
そう。
欲しかったのは
揺るぎない愛
揺るぎないもの
だったんだ と
揺るぎないものを
外に求めている間は
きっと、揺るぎない愛には
出会えないんだろう
とも
思いました。
愛されていた
事を
私はずっとずっと探していたかもしれない
それは
愛されていなかった の
証拠集めを
また していた事と一緒だったのかも
自分で、自分を愛してあげる
どんな、自分でも受け止める!
それが、できた時
やっぱり、人を
そのままの形で愛せるのかもしれない
そして、その時
今の私のままで
愛されるのかもしれない
とりあえずは
愛されてる!の
証拠探しは一旦
やめてしまおう !!