一部のネイティブについて、外国人が語学的誤りを含みつつその国の言語をカタコトで話すとき、当該外国人の言語能力以外の領域における、知性や思考力といった部分にまで低水準であることの推定が働くのだろうか。そうだとすれば、それは所謂偏見に外ならず、究極的には人種・国籍による差別につながりかねない"問題"である。

仮に私がネイティブの立場、即ち日本語を学ぶ外国人と何らかの語学的コミュニケーションを図ろうとする場合、絶対に上記のような短絡的思考に至ることはない。

一言語について、その能力の優劣というのは、単なる偶然的事情にすぎず、当然ながらその個人の持つ総体的能力の判断要素となるものではない。

上述したような事情に因り、言語を学ぶ外国人の心情に消極的な影響を与えることがあるとすれば、それは当該ネイティブが上記問題を意識していたか否かを問わず、客観的にみて有害である。

したがって、語学を基礎とした交流、とりわけ外国人に対し何らかの指摘・指導をする場面において、ネイティブは表面的な情報に囚われることなく、外国人の言動背景について慎重に思慮を巡らせ、論理的かつ真摯な対応を心掛けるべきである。

以上