ジョン・レノン「MOTHER」今にして | 自分で癒やすこと 〜モドルミチ〜

自分で癒やすこと 〜モドルミチ〜

本来の自分にもどるため
心の奥底に光を当てるため
感性を取り戻すため
今ここで日々を生きるため
人とつながるため
自分で癒やしていく。
生きづらさ、苦しみ、不安、焦燥感、罪悪感と一緒に。

ジョン・レノンのベスト盤CDを買ったのは
20年近く前
口ずさめるくらいには
繰り返し繰り返し聞いてきた

今にして
歌詞が胸にささる

「MOTHER」は1970年の発表だとか

50年

その当時に
こんな風に自らの心と向き合い
叫びと進む方向を詞にできるなんて

いやぁ、、ハンパナイ

Children don't do 
what I hove done

本当に
親は皆
自分の味わってきた苦しみや後悔だけは
こどもには味わわせたくたいと
願うものだよなぁ。

ママ友から
自分が勉強をしなくて後悔したから
こどもには選択肢を持たせたいんだ
という話を聞いて。

なるほどなぁって。

だから私は
自己肯定感にこだわるのだろうなって。

自分が生きづらいから
自分を認められなくて苦しかったから
こどもには
とにかく自分を好きでいられるように
育ってほしいんだなぁって。

I couldn't walk and I tried to run

私は歩けもしないのに、走ろうと頑張った
我が子には同じことをしてほしくない

本当にそう思う。
土台すらできていないのに
なんでも自己解決できる大人であろうと
必死に走ってきた。

そして今
小学生の我が子の置かれた環境に
その環境で苦しんだ私自身が、
土台をきちんと作れなかった私自身が、
拒否反応を示している。

学校に行っているのは息子なのに
母親の私が、やたら苦しんでいる。

自分の
「行きたくない」
「やりたくない」を
息子のそれだと勘違いしている気がする。

きっと切り離すことが必要なんだ。
私と息子は
同じじゃないんだと
私は私でしかなく
息子は息子なんだと

So I, I just got to tell you
Good bye

だから
内面的な意味で
ジョンのように
さようならと
別れを告げることは
必要なんだろうなって思う。

さようならって言っているのに
ママ行かないで!!
パパ帰ってきて!!
と何度も何度も叫ぶのが
これまでよく分からなかったけど。

叫びは幼かった自分の
純粋な叫びであって
それを認めて解放することで
ぼくはここからは自分の足で歩くよ
だから、さようなら
って言っているのかな。

私も
癒したいな。
自分自身を癒して
前に進みたい。