MonaKA(モナカ)です。

 

 

 

今日のテーマは、

 

普段、自分が感じて過ごしている環境や感覚、

 

と、

 

それ以外の環境や感覚について書いてみたいと思います。照れ

 

 

 

具体的には、海外などであれば、そもそも文化自体の違いが、

 

はっきりと現存として存在する場合などはわかりやすいですよね。

 

けれど、自分が海外に行かない(もしくは行ってないのに)異文化って言われても、なに?ってなりませんか??

(強要的な勧誘表現の意図はありませんのでね、うさぎ

あくまで個人の意思の上の質問です(笑) わたしはなります爆  笑ビックリマーク

 

 

そこで、例として、一見同じ国、同じ地域であったとしても、その「括り」によっては、「文化」の存在も

幅広い、という視点を見ていくことで、それ以上(他国)の感覚との比較を見つけてみたいと思います。

 

それって、島国、日本だから、起きるバイアスでもあり、島国日本だから、検証できる案件でもある。。!? どちらが先で後か、って考えると、いろいろありそうなので、まず実際にそうだ、思えることから(^^♪

 

 

 

 

例えばそうですねぇ、ニコニコ

 

 

日本語って、日本でしか使わないですよね。

 

だって日本語ですもんね 爆  笑ビックリマーク

 

 

けど、英語って、全世界で使いますね。

 

しかも英語の「英」って英国の語ですから

 

イギリス語てことになりますが、

 

私たちが学校で習う英語は、イギリス英語っていうイメージというわけではないですね。ただ、「英語」ですよね。

 

しかし、日本語にも地方によって方言があるように、

 

使われれる国や地方によって、英語も、英語として意味は伝わるけれど、ニュアンス等は大きく違うようです。

 

リンガフランカという単語がありますが、これはイタリア語で、元々過去のフランク王国時代通商の中で、異なる母語を話す国同士の中で共通語として認識された言葉のことを言います。

 

 

現在で言うと、英語がリンガフランカとなりますが、リンガフランカ=英語というわけではありません。今の現状では、そうだ、ということです。ニコニコ

 

つまり、現状の世界で多くの共通語とされる言語とは?といえば英語ですよね。だから、現在、今の時点では、リンガフランカ=英語です。もちろん、以後の世界でどのように言語環境が変わっていくかは、わかりません。

 

けれど相当しばらくの間は、現状から考えても、リンガフランカは英語のような気がしますね。

 

 

 

このように、私たちは島国の中で、日本語だけを使用しているから、私たちの日本には、公用語という概念が法律上も設定されていません。そもそも日本語以外を使うという概念がなかったからでしょう。

 

 

しかし、特にヨーロッパなど、隣国に他国語がたくさんあったり、多くの民族のいる国では、公用語が法律上設定されています。

 

 

 

この「言語」の話を、他の文化や、考え方、感覚に置き換えてみるとどうでしょう。

 

日本だからこそ、他にはない誇れる素晴らしい感覚もあれば、常に他国との摩擦のない環境だからこそ洗練されていない他国との共存であったり、それが当然(いろんな言語や文化が複雑に入り乱れている環境)である、という感覚においてはあまり持ち合わせていないと考えられますよね。

 

実際そういう環境じゃないから、考えることすらないまま今を過ごしていれば当然っちゃ当然ですが。

 

 

日本は、ここ数年の気づきで少子化の問題が発生しているわけではなく、もうずっと以前からその傾向は把握できていると思います。その上で、他国からの労働力の補助を必要とし、今後もしていく傾向にあると思います。いや、ならざるを得ないでしょう。

 

 

 

 

上記の内容は、日本人として、とても大事な

 

自文化と異文化の問題だし、現実の話題なので、

 

実際に存在するかしないかのイメージ(イメージとは自由である限り制限はないところも、とても魅力的だけれど、

下手すると行き所を失ってしまう可能性もあるからです。)の例え話より、より現実にある内容で、置き換えてイメージできるように書かせて頂きましたニコニコ

 

 

 

そしてビックリマーク

 

このブログは、タイトルにあるよう、

 

 

『こころのサプリメント』を目指すブログですっ照れラブラブ

 

 

 

上記の内容を、さらに、ここで、改めて、

 

 

 

こころについて、置き換えて考えてみたいと思います。

 

 

 

そうですね。

具体的にここは架空の人を想定し設定して考えみたいと思いますニコニコ

実際の本当に私が受けた内容を書くことは守秘義務に反しますので、もちろんできませんし、そもそもしませんが、きっかけの想定など実際の内容も部分で抜粋もしてみました。


 

Aさん 30歳  独身 女性 

 

(【悩み】 出身は長崎、現在は東京で一人暮らし。彼氏と結婚を考えているが一人娘の為、実家の家業を継いでほしいと実家は思っている。家族はそれを口には出さないが、Aさんは、それをわかっていていて、家族にも彼氏にも、自分の気持ちを上手く伝えられず結婚になかなかふみだせない)

 

 

 

Bさん 48歳  既婚 男性

(【悩み】 出身は大阪、奥さんも同郷。全ての家族の出身が同郷である為、家族皆、とても気があう平和な家庭であった。しかし、長男(23)は東京で就職し大阪に残った長女(18)とも、最近意見が合わずぶつかることが多くなった。)

 

 

Cさん 53歳  既婚 男性  

(【悩み】 出身は東京、奥さんも同郷。Cさんは1年前に管理職に抜擢され会社での責任も重くなってきていた。上司と部下からの板挟みで相談できる場所がなく、悶々と過ごすも増えた。しかし出世による家族や周りからの目もあり、期待に答えようと本当に思っていることを言えずに精神的に限界を感じ、また胃の調子も良くなく、診療内科の受診を検討している。)

 

 

 

あくまで、仮定の設定ですがニコニコ

 

上に書いたように、実際の相談内容から、リアル内容も少しだけ、部分的に採用(そのままではなく)したところもあります。

 

 

Aさんの場合、ご自身の地元を離れ、違う土地で過ごしていますね。その時点で、自文化から異文化へ移動し、その場で彼氏ができ、その人との結婚を考えている。つまり、異文化に適用している状況ですよね。けれど、自文化も大事にしているからこそ、でてきている悩みですね。彼氏を選んだところで、家族が否定などしないかもしれないけれど、自分が思う自文化への思いに、なんらかの決着がつけられないでいる状況が考えられます。

 

こういった時、Aさんの中で、どんなバイアスが働いていると思いますか?または、助言する側に、どんなバイアスがあると、Aさんは、がっかりしてしまうでしょうか。

 

 

※(ちなみに、改めて、バイアスとは、傾向、偏向、先入観、データ等の偏り、思考や判断に特定の偏りをもたらす想い込み 

「実用日本語事典より」「バイアス」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書のことを言いますが、バイアスが必ずしも悪ということを言っているわけではありません。

気をつける必要はありますが、私たちは普通に生きていて、常に客観的な判断でなど、当然ながら生きていませんよね爆  笑ビックリマーク

ええ、もちろんわたしもですっ!そこ強く言います爆  笑ビックリマーク だから、家族間やその中での絆で、大事にお互いがし合えている、そんなバイアスだって、普通にいくらでもあるんです。ただ、それが、どのようにある時、マイナスのバイアスに変化してしまうことがあるかは、こればっかりはわからない、ということも含めた、想定できる事例を挙げてみました。)

 

 

 

Bさんの場合、奥さんもお互いの家族も同郷で、子供さんが独立していくまでは、何事もなく平和に過ごされていたみたいですね。しかし、お子さんの独立時期を境に、ちょっと変化が起きているようです。長男さんは、東京に出て実際に異文化に行っている為、その違いがわかりやすいですが、長女さんは同郷の大阪にいるままでも、意思疎通に困難が生じている模様。

一時的な年代的なも問題かもしれませんし、そうではないかもしれません。

 

時代によっていろんなことが変わることは、自分自身も若い頃から経験はしているはずです。逆に自分自身がその時代の変化など考えることもなく、ただある環境に染まってきたとしたならば、たとえ同郷にいる家族の変化ですら、気づいてあげられないこともあるかもしれません。正しいか間違いかではなく、起きている状況の問題点をいかに見つけられるかが大事なポイントだと考えられます。そこに「バイアス」という感覚がどこにかかっているかを逆に考えると、より見つけやすいのではと思います。

 

 

Cさんの場合、こちらも、奥さんも同郷で元々の環境自体に問題はなかったなか、状況的な変化が起きている問題ですね。しかも一見、昇格という、とても喜ばしい変化における問題であることです。この案件に限らず、人が心を翻弄される原因となるものに、必ずしもネガティブ要素だけが挙げられるわけではありません。

 

マリッジブルーや、マタニティブルーという言葉が存在しますね。存在するということは、実際にそういった現象が実在するからです。一見善いとされる変化であっても、変化である限り、どのように、その後人の心へ影響するかは、わからない、ということです。このCさんの場合も、家族や周りが喜んでいてくれるし、自分の評価を自分自身も下げたくない為(今のご時世、男性、女性であまり区切ることは避けたいですが、日本の現状では、現実、まだまだ年齢や状況によってはそういった立場的な責任において、やはり男性は言いづらく我慢する傾向は強く残って言えると考えられます。目には見えない異文化空間が存在している可能性が考えられますね。)自分の許容範囲を超えてしまい、心理的、体調的な変化も含め、自分だけでの許容範囲が超えてきている。

 

 

 

 

これら、架空の想定のAさん、Bさん、Cさんの例を挙げましたが、

 

自文化があること。

 

多文化(他文化、異文化)があること。

 

人には常に、いい意味でも悪い意味でも、受容の段階で、”バイアス”という何かがかかる可能性があること。または、自分がそれを、誰かにかける可能性も大いにあるということ。

(それが意図的でなど、決してなくても)

 

 

 

その上で、正しいとか間違いなんてものが、あるということではなく、

 

自分を守る意味も、誰かを思う意味にも、

 

 

何か、参考になればと思います。

 

 

わたしは、本当の、自然治癒力(自分にとって最高の力)を、心から信じていますニコニコラブラブ