プロローグ
世の中はコロナウイルスの問題で大騒ぎになっている。簡単に終息する気配はなく、近頃は「with コロナ」時代の幕開けと言われるようになってきた。ウイルスで一番馴染み深いものは毎冬我々の頭を悩ますインフルエンザであり、毎年インフルエンザウイルスは姿を変え、もしくは変えないまま私たちに襲い掛かる。インフルエンザワクチンの接種が声高に毎年叫ばれるが、私はインフルエンザワクチンを打ったことがない。ワクチンに関しては、副作用問題が摂取による効果以上に問題となることがあり、私の危惧するところでもある。ワクチンの効用で我々は助けられもするが、副作用で苦しんでいる方もおられることを忘れてはいけないだろう。
長年来の友人から数年前に『ウイルスの意味論』という本をプレゼントされ、目が点になった。私が数代前から受け継いできたと考えられる「B型肝炎ウイルス」は恐竜が生きていた8200万年前にもう既に地球上に存在していたらしいというのだ。ホモサピエンスが誕生するはるか前のことである。現在全世界で3億人近くの人がこのB型肝炎ウイルスを持っていると推定されているが、その末端を私は担っているのだ。
そして最近の研究は、ウイルスが30億年もの時を生物とともに生きてきただけでなく、ウイルスがいなければそもそも地球上に生物が存在しなかったかもしれないこと、生物ゲノムには驚くほどたくさんのウイルスの断片が混入しており、それらが生物進化に重大な貢献をして来たらしいということが明らかになりつつある。ヒトゲノムの約半分はウイルスの遺伝子配列が占めているという。ウイルスの遺伝子を排除してしまえば、我々を支えている遺伝子そのものが成り立たなくなり、崩壊してしまう。
我々はウイルスに支えられていると言っても過言ではない。我々の身体の中には腸内細菌や皮膚常在菌など多くの細菌、またその細菌に寄生する膨大な数のウイルスが存在し、我々の健康を支えているとも考えられるようになってきた。人類を脅かす感染症を伝播する存在として、悪者扱いをされがちなウイルスだが、有益なウイルスも存在するという不思議。
いろんな時代を大いに揺るがせたウイルスは、それまでの人間の生き方、生活の仕方を問い直させ、新しい生活の在り方を模索させるための試練を人間に与え、その試練が乗り越えられると、遺伝子の中にその痕跡を残し我々の前から姿をくらます。ウイルスは生物に試練を与え、結果的にはより生き延びられるよう生物を進化させているとも考えられる。さて、今回の新型インフルエンザのコロナウイルスは我々に何をもたらすために我々の前に姿を現したのだろうか。そんなことを考えながら、日々を過ごしている。
私自身は生まれ落ちた時からB型肝炎ウイルスとともにあり、未だに一緒に生活をしている。ある時期からは私に大きな脅威をもたらす存在と化し、死の淵まで私を追いやった。もうちょっとのところで「三途の川」を渡り、彼岸の世界へ行きそうになったのだが、此岸へ引き戻された。闘病生活という意味では30数年をジェットコースターのように浮き沈みを繰り返しながらの生活である。
死んだ方が楽だなと感じたことは何度もあるが、ひょっとしたきっかけで2008年の夏から高尾山に登り始めた。精神的にかなり落ち込んでいた頃でもあり、ヒーリングスポットという巷の声に惹かれ、最後の望みを託したのだ。週1~2回の高尾山トレッキングが楽しく感じられるようになるとともに身体が軽くなった。明るく楽しい生活を送れるようになるとはそれまで想像もつかなかった。65歳から硬式テニスを始めると一層元気が増していき、楽しい日々を送らせてもらっている。そんな私の姿は肝炎仲間だけでなく、周りの人々をびっくりさせている。いや、一番驚いているのは私自身である。
「生まれて来ない方が良かった」とある時期まではずっと考え続けていた。何事にも本気になれず、半分白けたままでどこか斜に構えた生き方は、そうしないと生き続けられないサガのようなものであり、生きづらさを感じ続けた人生だった。辛くもあった。楽しそうに振る舞ってはみても、所詮は演技の世界。人は騙せても、自分自身を騙すことはできなかった。それがゆえに哲学や文学、映画、演劇に走り、最終的には心理学に辿り着き、精神病の世界に惹かれて仕事を続けてきた。B型肝炎ウイルスとの激闘の中で何かが変わり、世界が大きく変わった。
自分自身が歳を取ったという事もあるが、ものの見方が変わり、他人との向き合い方も変わった。何よりも自分自身と向き合う時間が増え、その分上っ面ばかりの世間とは距離を置けるようになった。最終的にはウイルスの存在が私の人生を変えたのだ。「生まれてきて良かった!」と思えるようになるまでの記録でもある。そんな日々を書き綴った闘病記であり、この闘病記が誰かのお役に立つことがあれば最高の幸せである。