前回に続いて、山口二郎氏のコラムから考える。
小学4年生になると、「1/2成人式」という行事が学校で行われることが多いそうである。
その行事は成人式を迎える20歳までの中間点-10歳になった時に、それまでの成長過程を振り返り、親に感謝するイベントらしい。

私の子どもの時代にはなかったが、保育園で最後に担任した子どもたちが今春中学校を卒業するが、その子たちが4年生の時にはあったようだ。

これも親と教師の感動を呼び、涙を誘うことだろう。

別にそれが悪いことではないと思うし、それで親子の絆を確認し合い、さらに強くすることがイベントの目的のひとつだと推測する。
生まれて10年経過し、さらに大人まで10年という時間を子どもに意識させることもあるかと思う。

しかし、山口氏も指摘していることだが、感動しているのは大人だけであり、押しつけがましい。大多数の親は感激する中で、少数の子どもや親はそう思わないのが今の時代だ。
離婚が当たり前の世の中で、ひとり親家庭やステップファミリーも多い。虐待、そこまでいかなくても「子どもを可愛い」と思えない普通の親もいるのが実情だ。
親の感動を誘発することが良い教育・保育だと勘違いしてないだろうか。

保育園では、ひとり親に配慮して「父の日」「母の日」のお祝いやお礼の品物を作るようなことはなくなった。

それも寂しいと思う反面、現代は多文化が共存し、さまざまな家庭の形がある。良し悪しで判断するものでもない。道徳というものが狭い思想で縛られているから問題化してしまうのだろう。

親の方だけを向いている保育をそろそろ考え直してほしい。
もちろん「子どものため」という言葉の中にまやかしも多いが…

東京新聞の1月24日付特報欄の「本音のコラム」で、法政大学教授の山口二郎氏が述べている。
「感動の安売り」というタイトルで、事故が頻発し、大けがをする生徒が後を絶たない運動会の組み体操と、小学校4年生のイベントとして近年行われている「1/2成人式」についての批判だ。

組み体操は事故が頻発するにもかかわらず、全国の小学校、中学校に限らず、保育園、幼稚園でも運動会でさかんに行われている。一番の理由は「親が感動する」かららしい。私に言わせれば、親はもちろん、本番では指導する保育者も感動して涙を流している。

多くの場合、年長組の子どもたちが行なうので「保育園生活の集大成」などと言う園長さんもいるが、こじつけもいいところだ。

また、外部の体育指導講師が入っている園ほど、この組み体操に熱心に取り組んでいる。

その練習では、大声で子どもを怒鳴り、何十回も同じ練習を繰り返し、何か月も前から特訓する。
もちろん、がんばることで自信をつけたり、達成感を味わう子どもも多いだろう。保育園・幼稚園では何段ものピラミッドのような危険度の高い構成は少ない。

しかし、組み体操は二人から数人、あるいは数十人が、決められたことを同時に行ない、協調しなければ「見た目」が悪い。一人の子がやりたくないよ、などと勝手なことは言ってられないのだ。

そしてどうしても、ほかの子どもたちと一緒にうまく出来ない子どもは、本番当日「外される」。
これは「鼓笛隊」や「ソーラン節」でもあることだ。

終わった子どもたちは「やれやれ、やっと終わったぜ」とは言わないが、心ではホッとしているのではないだろうか。ビデオやカメラを片手にパパ、ママ、ジジ、ババは感動し、保育士は抱き合って喜び合う。そのことに意味がないとは言わないが、子どもたち自身は、どうすれば大人に褒められるのかをそこで学ぶ。

それも、また幼児教育では大切なことなのだろうか…

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

元日の新聞記事で気になったことについて述べてみます。

「2015年に生まれた子どもの数は、過去最少だった前年より約4000人多い108万8千人とみられる(厚労省公表の人口動態統計の年間推計)」―東京新聞より

一昨年より出生数が増えた理由について厚労省は「雇用情勢の改善や保育所の整備が進んだことが背景にある(同新聞より)」と述べています。

残念ながら保育の現場にいて、そのような実感を強く感じることはできません。
確かに保育所は急ピッチで増設されています。私が所属している法人も昨年「小規模保育所」事業に取り組んでいます。これはマンション等の既存の建物を使って、特に待機児が多い0歳から2歳の子どもを中心に預かる保育所です。もちろん、自治体の要請に基づいて行われており、土地や多額の資金をかけなくても保育施設ができるので、近年あちこちで増えている保育の形のひとつと言えるでしょう。

これらの自治体や社会福祉法人の努力は、確かに待機児問題の解消に向けての効果は出ていると思います。
しかし、昨年の出生数が増えたということは、一昨年に母親が妊娠しているわけですから、保育環境が良くなったから「じゃあ、子どもを産もう」と考えるでしょうか?
同じ記事には30代の出産が増えている、とも書かれています。ここがポイントになるでしょう。

雇用の改善は全体的に見れば事実なのかもしれませんが、「だから産みましょう」と短絡的に考えてよいのでしょうか。
過去と比較して晩婚化、第一子の出産年齢が高齢化に向かっていることは統計から明らかです。これは社会に出てかなりの時間をかけないと出産できる環境が整うことが難しいことを表わしています。
また結婚数の減少(昨年は戦後最少)と離婚数の増加は、これからも子どもが減少することを予言するものでしょう。

したがって、昨年の出生数の増加は、30代の夫婦ががんばった一時的な結果に過ぎないのではないかと思います。
たった4000人増えただけで、死亡数がそれを上回り、全体としては日本の人口はゆるやかな減少傾向に変わりはありません。
問題は何も解決されていないのです。

2016年もあと数時間で終わろうとしています。
今年も保育園はさまざまな問題に揺れ動きました。
都市部の待機児は依然として解消されず、さらに増え続ける傾向にあります。
一方で保育園の増設は一筋縄ではいかぬ状況にあります。
先日の新聞記事では、保育園建設後の子どもの「騒音」に対して、近隣住民が反対しているケースが多いということが報告されていました。
これは保育園だけではなく、高齢者施設、障碍者の作業所など、いわゆる弱者ための施設はひつようだが自分の生活圏の中にあるのは反対、という構図です。別に珍しいことではなく、何十年も前からあることで、対応する行政が解決策を見いだせない怠慢さが丸出しですね。

また、保育園の器があっても保育士が足りない。これも慢性的な問題。
保育士を養成する大学の数が変わらないから、毎年卒業して有資格者となる新人保育士の数は変わりません。それどころか少子化で大学側も学費の収益を確保するために、短大が次々と四年制大学へと変貌しています。よって実質卒業する保育士の数は減っているのではないかと予測できます。

保育士に限らず、福祉施設で働く労働者は賃金が低い。歩合制ではなく固定給だから安定している、と多くの保育園経営者は言います。しかし、保育士は元々女性独占の仕事だったことから基本給は安く設定されています。
さらに厚生労働省、地方自治体の指導により、成績能力主義が導入され、賞与などは査定されることが一般的になっています。

だから辞めてしまう保育士も半端な数ではない、と言われています。辞めたら別の保育園へ再就職する人もいますが、二度と保育士にならない人もいます。そのように思わせてしまう業界の体質というものを問題として指摘する人はいません。

女性の社会進出に合わせて、保育園の保育時間もどんどん延びています。一日15時間保育を行なう保育園も普通にあります。預ける側はありがたいことですが、働く保育士は限界を越えています。また、長時間預けられている子どもについての実態調査は都合が良いことしか伝わって来ません。子どもの心の負担は握りつぶされています。

という感じで、今年も問題山積でしたが、来年は、私なりの提案をここで述べていきたいと思っています。

どうぞみなさま、良い年をお迎えください。
そして、すべての子どもたちに幸せを…

 今日は連休。あと二日かぁ…
ということで、お世話になった元園長先生のKさんと、現役園長のTさんと会食をしました。
細かい経緯はともかく、一緒に保育の仕事をしたことがないこの3人の出会いは実に不思議です。
年に1、2回、食事をしながら、ああだこうだと保育のことを語り合いするのは実に楽しい時間です。

その中で、やはり話題になったのは、現場の保育士不足。資格を持ちながら保育園に勤めない「潜在保育士」がたくさんいる中で、保育の現場は人手不足で悲鳴が上がっています。
保育士不足は、私が園長職をやっていた5年くらい前から顕著になって来ました。

国や自治体の待機児対策でたくさん保育園を建てたものの、保育士を養成する大学や専門学校の数は変わらないものですから、新卒保育士の奪い合いも凄まじい限りです。
園長のTさんも大変苦労されているようです。
何しろ、私にまで「保育現場に戻らない?」と本気で誘いをかけるくらいですから。私もその気になりそうです(笑)。

保育は人が人を育てるもの。ハコものばかり立派でもね…
 (イラストと文は関係ありません)

都知事選も終わり、予想通り、政権政党が推す候補者が当選しました。
いろいろなところで言われていましたが、この新都知事はかつて政権政党に所属していながら政策に反対されて除名された方です。その除名した人を支持する政権政党も、それを受けた新知事も節操がまるでありませんね。
さて、選挙戦を通じて、東京が抱える政策的問題のひとつとして「保育園待機児」が争点のひとつになりました。
どの候補者も「待機児ゼロをめざします」と言いながら、具体的な解決方法を提示しなかったので、とても現実味に欠ける、はっきり言って争点すらならなかった感があります。
新都知事は、東京都が進めている「認証保育所」制度をさらに推進して待機児の解消を進める、と公約しました。
一見して具体的、現実的に見えますが、単に今までの都政のやり方を継承しているだけに過ぎません。現在の都政のままでは待機児が減らないわけですから、新都知事は本気で待機児を減らす努力はしない、と言われても仕方がないでしょう。
その認証保育所は、運営する事業体にもよりますが、実態は無認可保育所となんら変わりありません。
その運営は非常に厳しく、しわ寄せは当然、保育士などの職員に向けられます。
以前にハローワークで調べたことがありますが、ある大手企業が経営本体でたくさんの認証保育所を運営しているところでは、「保育士手取り月10万円、園長同15万円」というところがありました。
給与の低さだけでなく、サービス残業の恒常化、業務外の仕事の押しつけなど、職員の待遇はおおむね良いとは言えません。
さらに、子どもに対する保育士の配置数の少なさ、劣悪な設備、高額な保育料など、問題は山積みです。
もちろん、子どものために健全かつ良心的な経営をしている認証保育所もあります。しかし、全体としては、認可保育所より安全に子どもを預けられる保障は弱いと思います。
現に、保育所での子どもの死亡事故は無認可園の方が圧倒的に多いのが現状です。
それでも認可園よりは安い予算で済む認証保育所の増設が新都知事の政策です。
子どもがかわいそう。
そして保育士もかわいそう。
保護者の方も安心できません。
この先、どうなるのでしょう…
あけましておめでとうございます。
大晦日に書いた記事は保育園お先真っ暗的内容になってしまいました。
新年にあたり、ここからは建設的な意見も書き込んでいきたいと思います。
保育士を始めとする保育園の職員の賃金の低さは今始まったことではありません。多少の差はあってもどこの園もあまり変わりありません。
ただし、地域格差というのは実際にある話で、東京を始め、大都市圏と地方の差は結構大きいようです。物価水準の違いなどもあり、必ずしも不公平とは言い切れないかもしれません。
しかし、東京に住んでいると何でも手に入りますし、過疎地の不便さを感じることはありません。この季節、豪雪地帯はそれなりの対策を行ない、光熱費もかかるでしょう。だから地方は給与水準が低くていい、というのは間違いだとも考えます。
とにかく、政府が一時金を支給したからと言って、保育士の待遇改善になるとは思えません。
でも、誰でも職業に就く人は仕事のスキルをアップさせたいと思います。保育士も良い保育実践や理論から学びたい、という気持ちを持って日々の保育に従事している人が圧倒的多数だと思います。
そのスキルアップを国家・政府・行政がバックアップすることにより、保育士の離職あるいは就業数の減少を食い止める方法のひとつになるのではないでしょうか。
一部の社会福祉法人がやりくりして行なっている海外研修などは保育士にとって大きな励みになると思います。
保育士は日々の業務に追われ、なかなか研修に行くことはできません。平日の夜だったり、土日だったりすることも珍しくありません。自費で参加する場合も多く、法人の研修費予算も限られています。
その研修費用に特化した予算を行政が保障し、海外や国内でも宿泊を伴う研修を充実させれば、保育士はスキルアップになると同時に旅行も楽しむことができます。
研修に行く場合の障壁は費用だけではなく、研修に行った保育士が抜けた日々の保育業務に支障が出ることも大きな問題です。そのための人的予算も研修費の中に含めて行政が試算・支給の対象とします。
保育園がどれだけ充実した研修を保育士に行なっているかを行政は査察した上で、積極的な経営・法人にはさらに研修費を上積みするようなしくみもあると、この流れは加速するのではないかと思います。
保育士一人ひとりに一時金を支払う総額よりも、少ない予算で大きな効果を生み出すことができるのではないでしょうか。
2013年も、あとわずかとなりました。
世の中の出来事を振り返れば、特定秘密保護法の成立、東京都知事の献金問題と辞職、台風被害、福島第一原発の汚染水問題、沖縄県知事のアメリカ軍普天間基地の移設に伴う辺野古沿岸の埋め立て承認、中国・韓国との関係悪化…
数えきれないほど、先行きに不安しか感じないことが多すぎたと思います。
一時は歓喜した東京オリンピックの招致決定も、景観破壊を前提とした新国立競技場の建設計画、都知事の辞職で、一気に萎んでしまった感じすらします。
保育の世界では、株式会社の参入によって大量の保育士を使い捨てにする問題はまったく解決されません。
一時的な緩和措置というか、目先のごまかしというか、政府の決定によって現職の保育士に臨時の現金給付をすることが決まりました。
保育士の恒常的な低賃金は今に始まったことではありませんが、一時(いっとき)の喜びで保育士を満足させようとする政治の欺瞞には怒りすら通り越してしまいます。
しかも、再来年スタートする予定のこども園構想は消費税値上げを前提としており、いくら保育士の待遇が改善されても、ますます若い人の離職は増えるものと思われます。
閉塞感が漂う保育の世界は今後どのようになるのでしょうか?
次の記事では、私の提言を書きたいと思います。
 
消費税の改定で、社会保障の政策としての子育て支援が加速するようです。幼稚園と保育園を一体化して、子どもを預けやすい環境を整えるのがメインとなります。

私が新米保育士だった頃とは、現在でもその制度が大きく変わっています。

例えば、夜の8時、9時、10時まで預かる認可保育園は珍しくなくなりました。昼食だけでなく、夕食を提供する園もたくさんあります。

入園時には「ならし保育」と言って、子どもが保育園の生活に慣れるよう、短い時間から始めて少しずつ保育時間を延ばして行くことをしていました。しかし、現在ではこのやり方は行政からの指導で消えつつあります。現実的には仕事をしている親にとっては、最初から8時間、9時間しっかり預けたいからです。

毎日保育園に預けるほどではないが、親の都合で預けることができる「一時保育」の制度も各園、自治体で整備されて来ました。

元々親の仕事が理由で保育園に預けるのですが、仕事が休みの日でも、「親のリフレッシュ」のため子どもを預けることも普通のことになりました。

これらのシステムは20年前には考えられなかったことですが、預ける側の親にとっては本当に「預けやすい」ものになって来たと思います。

しかし、これで国が問題としている「少子高齢化」の「少子化」が少しでも改善されているかと言えば… まったく関係ありません。
これらのシステム―「子育て支援政策」が親にとっては子どもを預けやすくなっても、「ではもっと子どもを産もう」という気持ちにはなっていないわけですね。

子育ては大変です。親は子どもを育てるために自らの生命を削るくらいの苦労、苦難を経験します。だから親は「子どもを産もう」という気持ちになるのです。おかしな論理に聞こえるかもしれませんが、子育てが楽になったことが、返って少子化を加速させているのです。

このようなことを言う人は一人もいないでしょう。人は生きる中で、苦労を背負いたがるものです。表面上の意識では「楽をしたい」と思っても無意識の世界では「苦労を求めている」のです。
親となった大人の最大の苦労は「子育て」です。

子育て支援政策がどんどん進み、子育てがもっともっと楽になり、保育園、幼稚園が代わりに育児も教育もやってくれると、子どもはどんどん少なくなります。
10年後には、少子化が進んで閉鎖する認可保育園が出て来るという見解があります。そのような無責任なことを公言する「識者」が国の子育て支援政策を考えているのです。

まったく茶番ですね。

やなせたかしさんが亡くなられた。
報道では「漫画家」と紹介されているが、私は「絵本作家」の方がしっくりしている。
アンパンマンがあまりにもヒットしたので、それまでの作品が薄くなってしまった。
やさしいライオン

私にとって、やなせたかしさんと言えば「やさしいライオン」だ。
これに勝る作品はない、と初めて読んだ当時は感じた。その気持ちは今でも変わらない。
やなせさんの「人を助けるとはどういうことか」という思想の原点がこの絵本には描かれている。
ご冥福を祈ります。