前回に続いて、山口二郎氏のコラムから考える。
小学4年生になると、「1/2成人式」という行事が学校で行われることが多いそうである。
その行事は成人式を迎える20歳までの中間点-10歳になった時に、それまでの成長過程を振り返り、親に感謝するイベントらしい。
私の子どもの時代にはなかったが、保育園で最後に担任した子どもたちが今春中学校を卒業するが、その子たちが4年生の時にはあったようだ。
これも親と教師の感動を呼び、涙を誘うことだろう。
別にそれが悪いことではないと思うし、それで親子の絆を確認し合い、さらに強くすることがイベントの目的のひとつだと推測する。
生まれて10年経過し、さらに大人まで10年という時間を子どもに意識させることもあるかと思う。
しかし、山口氏も指摘していることだが、感動しているのは大人だけであり、押しつけがましい。大多数の親は感激する中で、少数の子どもや親はそう思わないのが今の時代だ。
離婚が当たり前の世の中で、ひとり親家庭やステップファミリーも多い。虐待、そこまでいかなくても「子どもを可愛い」と思えない普通の親もいるのが実情だ。
親の感動を誘発することが良い教育・保育だと勘違いしてないだろうか。
保育園では、ひとり親に配慮して「父の日」「母の日」のお祝いやお礼の品物を作るようなことはなくなった。
それも寂しいと思う反面、現代は多文化が共存し、さまざまな家庭の形がある。良し悪しで判断するものでもない。道徳というものが狭い思想で縛られているから問題化してしまうのだろう。
親の方だけを向いている保育をそろそろ考え直してほしい。
もちろん「子どものため」という言葉の中にまやかしも多いが…
小学4年生になると、「1/2成人式」という行事が学校で行われることが多いそうである。
その行事は成人式を迎える20歳までの中間点-10歳になった時に、それまでの成長過程を振り返り、親に感謝するイベントらしい。
私の子どもの時代にはなかったが、保育園で最後に担任した子どもたちが今春中学校を卒業するが、その子たちが4年生の時にはあったようだ。
これも親と教師の感動を呼び、涙を誘うことだろう。
別にそれが悪いことではないと思うし、それで親子の絆を確認し合い、さらに強くすることがイベントの目的のひとつだと推測する。
生まれて10年経過し、さらに大人まで10年という時間を子どもに意識させることもあるかと思う。
しかし、山口氏も指摘していることだが、感動しているのは大人だけであり、押しつけがましい。大多数の親は感激する中で、少数の子どもや親はそう思わないのが今の時代だ。
離婚が当たり前の世の中で、ひとり親家庭やステップファミリーも多い。虐待、そこまでいかなくても「子どもを可愛い」と思えない普通の親もいるのが実情だ。
親の感動を誘発することが良い教育・保育だと勘違いしてないだろうか。
保育園では、ひとり親に配慮して「父の日」「母の日」のお祝いやお礼の品物を作るようなことはなくなった。
それも寂しいと思う反面、現代は多文化が共存し、さまざまな家庭の形がある。良し悪しで判断するものでもない。道徳というものが狭い思想で縛られているから問題化してしまうのだろう。
親の方だけを向いている保育をそろそろ考え直してほしい。
もちろん「子どものため」という言葉の中にまやかしも多いが…

