自分は何のために生まれてきたのか?

そんな問いを、誰しも一度は考えたことがるのではないでしょうか?

私は世の中のあらゆる物事が、それを知るためのツールじゃないかなと思うのです

私は、色と星と聖書に関心があるので、これらを使って自分をよく分析していますが

やればやるほど面白いし、色んなことが絡んでいるんだなーと複雑に思えたり

でもそこには抗えない法則性があったり、最終的に目指すところは

とても簡単でシンプルだったり…と、多くの気づきがあります

誰しも、多くの素敵なギフトを持っています

けれどそれを持っていることを気づけなかったり、

本当はそのギフトを大いに使っているんだけど

それがギフトなんだって認識してないだけなんですよね


誰かができていることを自分が出来てないから

自分には何もないとか出来ないとか思ったりするけど

逆に相手が出来ないことを自分が自然に出来ていて

相手の方が自分はダメだって思っていることもあるんです

 

十人十色、同じ人は誰もいない

そういう「ことば」は知っているし、人にはそれを当てはめられても

なぜだか自分には当てはめることができなくて

「みんなと同じにできない」って悩んじゃう


それってね、多分「違い」が目に見えてわからないからなんじゃないかな?


カラーセラピーも星読みも生命の樹も

他の色んなツールとかもそうなんだけど

一つとして全く同じって組み合わせはないの


誕生日を元にしているから色や配置的には一緒になることはあるけど

色にも色んな意味があるし

星にも色んな意味がある

どれがどう組み合わさっているかによって違うの


ワークショップとかでやると、色とか星の配置とか、みんな違うから

それを目の前にして「こんなに違うんだね!」って、びっくりして

そうして「違っていいんだ」「違って当たり前なんだ」って認識できる


そうやって「自分には自分の素敵なとこがあるんだ」って知っていく

そして「自分でいいんだ」って思えるようになっていく

それが大事なんだなって、私も自分でやってきてそう思う

 

だけどね、これってあくまでもデーターや手段やツールだから


これに縛られて、自分はこうだから、これしか出来ないとか

こういう人なんだから仕方ないとか、そういう風にならないようにね

 

料理に例えると分かりやすかもだけど


例えばナスがあったとする

ナスはジャガイモやキャベツやニンジンにはなれない

ナスはナス

だから「私はナスだからダメなんだ」じゃないでしょ?


ナスにはナスの栄養があって

ナスにしか出せない美味しさもある

さらにナスにしたって色んな種類もあるし

同じ種類にしたって、形も大きさも違う

一つとして同じものはないでしょ

それが、そのナスが持つ、そのナスの個性


さらに、そのナスの個性を

引き出すお料理の仕方を知ってたら?


焼いたり、炒めたり、サラダにしたり

揚げたり、蒸したり、煮たり

色んなのに使えるよね


自分の持っているものを知ったら、今度はどうやってそれを上手く使うか?を

色々試してみる

焼いてみるのか、炒めてみるのか、揚げてみるのか…。

そうやって自分が一番しっくりくるものを探していくと

楽しんで色々できるようになってくる


ナスも美味しく食べてもらって

人の栄養になって

その人の健康に役立つことが喜びだし

この世界に生まれ育った、本来の目的だと思うんだよね


でもそこに至る道って色々あるでしょ

雨風もあるし、あっつい日差しもあるし

よく世話された畑に育つこともあるし

プランターで育つこともある

 

焼きなすになるナスもいるし

味噌炒めになるナスもいる

カレーに入るナスもいるし

お味噌汁になるナスもいる


でもみんな美味しく食べてもらって

食べた人を笑顔にして

その人の身体の中に取り込まれて

その人の一部になって、健康を育んでいく


そんな風に自分の持っているものを生かして

最終的には自分も幸せに、他の人も幸せになればいい

全ての道は「幸せになるため」

自分の「幸せ」の道を探して歩んで行こう


これから私のMy Storyと色と星読みと生命の樹が

どんな風に関係しているか書いていきたいと思います

あなたの「幸せ」の道を探す参考にしていただければ嬉しいです



「わたしは、おまえたちのために立てた計画をよく知っている。それは災いではなく祝福を与える計画で、将来と希望を約束する。」(エレミヤ書 29:11)