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週1で国連本部に行って色んな人の話を聞いています。

先週はラッキーなことに事務総長のバンキムンのスピーチを聞けました。
国際関係学を勉強しはじめた理由は、なんで戦争が起こるのか知りたくて
解決に向けた仕事が将来したかったから、なんですけども。
色んなことを学べば学ぶほど、落ち込む自分がいます。
ある程度、国際関係を学んだ学生は「国連無力論」をときます。
国連は何もできてない、と。
ある程度、国連の勉強をした学生は、加盟国を現実主義のレンズで見ます。
国連ではなく、加盟国が対立してしまうから何もできない、と。
でも、国連自体はけっこう頑張ってるんですよ。
平和維持活動、平和構築も失敗ばかりが注目されます。そらそうだめっちゃ人死んじゃったもん。
成功、と言えるミッションもあったんですよ。
私も勉強中ですが。今この辺かな。
国連で働いている人や、最近はこのフィールドの最前線で働く人から
話を聞く機会が増えたんですが、
みんなすごく「謙虚」です。
「勉強すればするほど、自分は何も知らないということに気づく」と。
プラトンの「ソクラテスの弁明」を思い出しますね。
ソクラテスは自分のことを頭がいいといいます。
なぜなら、彼は自分が全てを知らないことを知っているから。
勉強すればするほど、自分が知らないことの多さに気づく。
私もやっとこの境地に近づいてきた気がします。
だから、終わりのなさに唖然としてます。
勉強すればするほど、自分より知識があったり考えが深い人に出会う機会が増えます。
ていうか、そういう人の存在に気付きやすくなるのかな。
言い方を変えてポジティブに考えると、知らないことを知る喜びをずっと感じられます。
だから勉強を続けられるのかな。
謙虚な方が勉強は楽しい。
よく教授が言ってるんですけど、
「僕/私は教えられることを教えるけど、みんなからも学びたいんだ」と。
常識的に考えたら、博士号持ってる人が大学生のペーペーから何を学ぶんだって感じだけど
例えば、私は日本人という視点からものごと見てて
教授が知らない日本のことも知ってるから、何かを提供することはできる、とのこと。
私がすてきだな、って思う教授はみんないつもこう言ってます。
そしてそういう教授のオフィスは行く度に本が増えてます。すごい。
私もこういう人になりたいな、と思ったので。文字にしてみました。
さあ、ペーパー書こう。

先週はラッキーなことに事務総長のバンキムンのスピーチを聞けました。
国際関係学を勉強しはじめた理由は、なんで戦争が起こるのか知りたくて
解決に向けた仕事が将来したかったから、なんですけども。
色んなことを学べば学ぶほど、落ち込む自分がいます。
ある程度、国際関係を学んだ学生は「国連無力論」をときます。
国連は何もできてない、と。
ある程度、国連の勉強をした学生は、加盟国を現実主義のレンズで見ます。
国連ではなく、加盟国が対立してしまうから何もできない、と。
でも、国連自体はけっこう頑張ってるんですよ。
平和維持活動、平和構築も失敗ばかりが注目されます。そらそうだめっちゃ人死んじゃったもん。
成功、と言えるミッションもあったんですよ。
私も勉強中ですが。今この辺かな。
国連で働いている人や、最近はこのフィールドの最前線で働く人から
話を聞く機会が増えたんですが、
みんなすごく「謙虚」です。
「勉強すればするほど、自分は何も知らないということに気づく」と。
プラトンの「ソクラテスの弁明」を思い出しますね。
ソクラテスは自分のことを頭がいいといいます。
なぜなら、彼は自分が全てを知らないことを知っているから。
勉強すればするほど、自分が知らないことの多さに気づく。
私もやっとこの境地に近づいてきた気がします。
だから、終わりのなさに唖然としてます。
勉強すればするほど、自分より知識があったり考えが深い人に出会う機会が増えます。
ていうか、そういう人の存在に気付きやすくなるのかな。
言い方を変えてポジティブに考えると、知らないことを知る喜びをずっと感じられます。
だから勉強を続けられるのかな。
謙虚な方が勉強は楽しい。
よく教授が言ってるんですけど、
「僕/私は教えられることを教えるけど、みんなからも学びたいんだ」と。
常識的に考えたら、博士号持ってる人が大学生のペーペーから何を学ぶんだって感じだけど
例えば、私は日本人という視点からものごと見てて
教授が知らない日本のことも知ってるから、何かを提供することはできる、とのこと。
私がすてきだな、って思う教授はみんないつもこう言ってます。
そしてそういう教授のオフィスは行く度に本が増えてます。すごい。
私もこういう人になりたいな、と思ったので。文字にしてみました。
さあ、ペーパー書こう。
正直、「すごいね」って言われ慣れてます。
短期留学などが活発化してきているなか、グローバル化と謳われる世の中ですが、
海外の大学に進学して3年なり4年学ぶ日本人はまだまだ少数です。
いろんな人に、「すごいね」って言われます。
世界的に見たら、何もすごいことじゃないけど、
でも、私たちだってたかが20代前後の若者で
あれだけ「すごいね」って言われ続けたら、そら、傲慢にもなります。
でも、「何が」すごいのか、を忘れちゃいけないと思う。
私、個人としては、厳しい目で見たとしてもこっちにきた人はみんな「すごい」
ただかっこつけたいだけで4年制とかの大学には入れないし続かない。
みんな、目的なり学ぶ意思がしっかりしているんです。
別にみんながなりたい職業とか決まってるわけではなく、
少なくとも「勉強がしたい!」って思いで来てる。
だから、言語が違っても、課題が苦しくても、人種差別とかされても、
勉強するんです。
アメリカに同じように留学して来てる子達で、勉強してない子とかいっぱいいます。
人種とか関係なく、個人として目的観がはっきりしているかしていないかで全然違う。
やっぱり目的を忘れない子達は、「すごい」んです。
逆に、目的が曖昧だったり、遊び中心とか、大学という学ぶ場にいて勉強を真ん中に
バランスがとれない人は、いくら賢くても崩れてしまうんです。
この1年半で、いろんな形で崩れてしまった人をたくさん見ました。
崩れるというか、それもきっと彼らにとって意味のある人生の岐路であると思うけど。
私がそうだったように。きっと私もこれからの人生で何度か崩れたりそうになったりするように。
矛盾しているようだけど、「すごい」と言いつつ、それが当たり前であるべきなんです。
大学という門、高等教育を受ける場をくぐり抜けた時点で、
学問の追求を目的にするべきなんです。
だって、大学って義務じゃなくて権利だから。
就職するためでもなければ、お金持ちになるためでもない。
自分の「もっと学びたい」気持ちを活かす場所だから。
それを追求できる人が、結果としていい仕事につけたり、学びがお金として返って来る。
そんなシンプルなことが「すごく」なっちゃいけないし、
できてるからと言って、「すごい」と言われて傲慢になってもいけない。
私は高校卒業後1年間、大学に行けず、アルバイトをしていた。
あの1年がなかったら、私も今頃崩れてしまったかもしれない。

大学で恋愛したっていい。
アルバイトしたっていい。
部活もしてもいい。
でも、その4年間はなんのためにあるのかを絶対に忘れちゃいけない。
学びたくても学べない人がいることを忘れちゃいけない。
海外にいる私たちは円安で学費が数十万単位で変わってしまっても、
学びたいと思ってる。
こんなシンプルなことが、どうして文章になる世の中になっちゃったんだろう。