令和8年3月25日、新たに平七著『三山道中記』が大府市指定文化財となった。
『三山道中記』とは、文政6年(1823)に、大苻村の13人の農民が、白山・立山・富士山を巡拝した時の参詣記録。
◯◯家文書の中の一つというわけではなく、農民による単体の参詣記録が指定文化財になるというのは、珍しいのではないだろうか。

この三霊山を巡拝する山岳信仰は「三禅定」と呼ばれ,江戸後期から昭和初期にかけて尾張・三河・美濃で盛んだったもの。
三霊山の他にも,日光・江戸・鎌倉などを51日間かけて巡っており、現存する三禅定の参詣記録の中では最長記録となる。
長期にわたる旅にもかかわらず、非常に正確に最後までキッチリ記録されており、当時の旅や信仰を知る上で貴重な資料である。

また、その時に建てた巡拝塔も附(つけたり)指定となった。


この巡拝塔は桃山公園の中央にあるのだが、文化10年に行われた三禅定の巡拝塔も一緒に並んでいる。



巡拝塔の下には旅をした13名の名前が刻まれていたのだが、現在は土に埋もれていて見えない。



さらに埋もれた部分は脆くなっており、残念ながら掘り返しても文字は確認できそうにない。

3月24日には、メディア向けに『三山道中記』が特別公開され、著者である平七の子孫・深谷秀和さんも同席。
深谷さんは13人の子孫探しをされており、8人まで探し当てたのだとか。
指定文化財になったことで、この道中記の存在が知られれば、心当たりのある人が出てくるかも?

特別公開の様子はこちらの知多メディアスチャンネルで👇