「本というものをあまりに短絡的に、何らかの学習の手段=『教具』として考えすぎてしまっている」

 

冒頭でいきなり頭をコツンと叩かれた気分。

 

自分自身、あんなに本が好きな子どもで、そして今も本が大好きなのに、

どうしてその本をただ「教具」としてしかとらえられなかったのだろう。

本に失礼だな。

そしてこんな気持ちで読み聞かせたり、本を薦めていても、子どもが本を手にとろうなんて思うはずがない。

それどころか、本が嫌いになってしまう。

 

今日からは「本」は「本」として扱い、息子にもそれを示そう。

子ども部屋の本棚から埃をかぶりかけていた「スイミー」をもう一度取り出した。

谷川俊太郎さんの訳、なんてすばらしい。

オリジナルのレイアウトを尊重し、文字数まで計算されて描かれていたとは知らなかった。

そしてレオ=レオニーの挿絵のすばらしさ。

 

それでもやっぱり欲が出るのは、この訳で使われている詩の技法。

体言止め、倒置法、これでわかるかな、って思ってしまう 笑

だめだめ、「スイミー」の世界に、純粋に誘わなくては。