東日本大震災から8年が経ちました。


当時、私は小学4年生。

地震発生時は学校にいました。

私は、地震に関して他の人より鈍感なのですが、このときばかりははっきりと揺れが確認できました。


一方、その日がたまたま休みだった為、家で寝転んでTVを見ていた母は、地震が起きたことに気づかなかったそうです。

なので、急に家が流される様子が画面に映し出されたときは何が起きたかすぐには理解出来なかったようです。


地震はいつどこで起こるか分かりません。

いつも震度1や2程度の岐阜県でさえ、一昨日震度3や4の地震が起こりました。

また、災害を100%防ぐことは出来ません。


私は、「災害が起こったら何が最重要か」考えました。

すると、真っ先に"助け合い"という言葉が浮かびました。

当時、被災地に足を運んで瓦礫の掃除をしたり、遠く離れた場所に住んでいても自ら募金活動をしたりする人が沢山いて、"日本って本当に素敵な国だな"と心が温かくなりました。


実はというと、私、この頃他人と上手馴染めないことに対して男子からいじめを受けていた為、家に帰るたび涙を流し、何度も自分を見失いそうになっていました。

だからこそ、ボランティアの方達の姿に私も沢山元気を貰っていたんです。


"私は家族も家も何も失っていない。
まだ死にたくなかったのに亡くなってしまった人、
一瞬のうちに家族、友達、恋人、ペット、大切な存在を失ってしまった人が数多くいる。
その人の分まで懸命に、命を大切に生きよう。"

そう強く決意することができました。


この年は沢山、復興支援番組が放送されましたが、私は人が苦手だった為、アニメしか見ませんでした。


そして、大晦日。

我が家は"紅白"派なので、紅白を見ていました。

すると、被災地で懸命に生きる人々の様子が移り、その映像をバックにピアノ演奏で"ふるさと"が歌われました。

名前は知りませんでしたが、cmで目にする機会が多かった白組司会者達が、会場だけではなく、TVを越えて自分達の想いを表情と姿勢で訴えてくる様子。 それは、物凄く力強いものでした。

そう、それが嵐さんを好きになる最初のきっかけになりました。

もう一度言います。
"私はそれまで人(特に男)が苦手でした"

そして、彼らのことを後に大好きになるのですが、そのきっかけは2つあり、一つは"ハワイ"なのですが、もう一つはやはり"宮城復興支援コンサート"だったと思います。

その場所で潤くんが言った"僕らは同じ空の下で繫がっている"。

これは災害時に限らず、普段どんなときでも大切にしたい言葉だと思います。


岐阜県の空。
雨の予報でしたが、あまり雨が降らない良い天気になりました🍀
(雲☁の写真、載せられませんでした…
ごめんなさいm(_ _)m)


最後に、メジャーではないですが(cry for youはメジャーですよね)、Timeで一番大好きな"carry on"の歌詞の一部を載せて終わりにします。


君の明日を見失わないで
果てない空を追いかけていこう
雨は上がるよ 朝が来れば
僕らの明日を また照らし出すよ

叶わぬ夢はないと 
また信じてみよう
見えない道を感じよう
自分だけの道を
To carry on 一歩ずつでいい yeah
To carry on 未来は待っている yeah

carry on