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2年か3年か前に、映画がやっていたよね。
九州新幹線の開通に合わせたお話。

開通が、たしか東日本大震災の翌日だったので、すごく印象に残っています。


お話の中で、航一のおじいちゃんの、周吉がすごく素敵な存在でした。

子どもたちだけの冒険を、そっと見守ることができる、おじいちゃんやおばあちゃんの存在って、いつの時代もいいですね。



赤ー。
この色は自分のなかにあるどろどろしたモノの現れなのか、不満なのか、怒りの色なのか、不安なのか、焦りなのか、哀しい気持ちなのか、それとも、そういうもの全てを吹き飛ばそうとする大爆発なのだろうかー。

取り憑かれたように赤を塗り、塗った赤にまた取り憑かれるように、次の赤を塗った。
ベランダの向こうには本物の桜島がそびえていたけれど、もうそれを見ることもなかった。



うんざりした顔をしていると、少しだけ救われる気がした。

小学生は大人の決めたことを受け入れるしかない。
だけど自分は、この状況を進んで受け入れているわけではない。
だからせめて、世界に対して、うんざりした顔をする。



大人から頼みがある、とあらたまって言われたりすることは、小学生の胸を少しだけくすぐる。

聞けばどうでもいいような小さな頼みだったけれど、それが祖父にとって大切なことに繋がっていることが、何となく理解できた。
今、祖父がこんなところでかるかんを食べていることも、きっと彼の大切なことに繋がっている。



答えたあといきなり走りだした龍之介に、三人は付いていく。
別に急ぐ必要はなかった。
だけど夕方と夜の境になると、小学生は自然に走りだす。



大人びた恵美には、線香花火がよく似合っていた。
彼女の摘むこよりの先で、勢いを弱めた玉が散り菊となる。
暗闇の中、儚い流星のように、火花は滑らかに飛ぶ。



叶えたい奇跡より先に、龍之介たちは自分たちは自分たちだけで熊本に行くことに興奮していた。

新幹線の一番列車同士がすれ違う、その特別な瞬間を見ること自体を、奇跡のように感じていたのかもしれない。



祖父が山芋を握り、金属の道具で撫でると、すうー、っと魔法のように皮が剥けていく。
航一がやらせてもらうと、そんなに上手くいくものではなくて、道具が魔法なのではなくて、祖父の腕が魔法なんだな、とわかる。



「そのうちっていつやねん」
「・・・・・・・・」
「なあ、そのうちっていつなん?」

航一は問うた。
父親は言葉を失っていた。

その問いに答える言葉を、父の健次は持っていなかった、
悲痛な叫びにも聞こえる航一の問いに、健次は答えられなかった。

本当は健次だって、今でも追いかけているのだ。
あるかもしれない大切なものを、そのうちわかる、そのうち届く、と、無理矢理信じながら追いかけているのだ。

「・・・・・・そのうちなんか、いらんわ」
最後に航一は、吐き捨てるように言った。



車がたすくたちを追い抜いていき、道に積もった灰を巻き上げる。
下を向いて三秒息を止め、たすくはそれをやりすごす。



どうにもならないことは、しょうがないと諦めたり、我慢したり、鈍感なふりをしたり、慣れようとしたり、気付かないふりをしたり、そうやって自分が大人になるのを待つしかない。
本当は、航ちゃんだってわかっているんじゃないのか、と思う。

航ちゃんは、それでも奇跡を願って何が悪い、と思っているのだろう。
自分だって本当はそうだ。

だけど起こると信じてしまった奇跡が起こらなかったら、その後、自分たちはどうすればいいのだろう。

たすくの頭上からピアノの音が聞こえていた。
自分は奇跡を信じる代わりに、ポケットの中にやましさを入れてしまったんだな、と感じていた。



お酒を飲んで騒いで、そのあと一人になると、急に心の一部がぽっかりと空いた気分になった。

ぽっかりの正体は、置いてけぼりの寂しさや物足りなさに似ていて、だけどそれを感じながら歩くのは案外気持ちがいい。

切なさを胸にずんずん進めば、祝福された世界が、酔った世界の隅で混ざり合い、流れていく。



今まで算数でさんざんやらされてきた筆算は、全部この日のための練習だったんだな、と思う。
航一は今、初めて筆算の本番をしている。



自分に似たのか、航一は普段、表情をあまり口に出さない子だった。
あの子はゾワゾワするようなことに出会えているのだろうか・・・・・・。

でも、いい、と思った。
あんなふうに楽しそうに走り回って、子どもは明るく過ごしていればいい。
それを守ってやるのが、今の自分の大切な仕事なのだろう。



航一にはわかっていた。
大噴火は消してしまう。

人の願いや、ささやかな暮らしや、溢れるような優しさや、小さな命や、可能性や、美しい世界を吹き飛ばしてしまう。

航一にはわかっていた。
その理不尽さも、悲しさも、ひき裂かれるつらさも、航一は全部わかっていた。
大好きなものと断絶された世界の寂しさを、航一は全部わかっていた。

だけど自分は、家族とまた暮らしたい。



やがて、ここに命は咲き誇るだろう。
小さな祈りのようだった七人の旅を、結実させるように。
世界の優しさだけを象徴し、決して消えないものを、忘れず、引き継ぐように。

白やオレンジやピンクのコスモスは、穏やかな風に揺れる。
世界中の悲しみや災いを、ひととき覆いつくすように、それはここに咲き誇るだろう。