Yumiko(仮名)さんへの第一印象は、
透明感がありながらも、
芯の強さを感じる方だなというものだった。

線は細いのに、
意志の強さを瞳の奥に宿していた。

彼女の父は自衛官で、
しつけの厳しい家で育った。

今、彼女は事業家として、
商品の販売を精力的に行っている。

だが、
「その商品をほんとうに
 売りたいのか、分からない」。

そんな意図しない抵抗があるように見えた。

私はセッションを通して、
彼女が閉ざしていた記憶に
一緒に触れ、あたたかい感情と、

彼女にとってのいくつかの真実を
一緒に発見することができた。

彼女にとって、記憶の底に埋めていた
普段は忘れているような謎も解き明かした。

そして、彼女の心象を描いた。
記憶を書き換えるストーリーを
プレゼントした。

彼女の独白(モノローグ)だ。

彼女は、家族を想う度に、涙を流した。
それは、言葉にならない感情であり、

自分でも分からない涙だった。

(Yさんに掲載の許可をいただいています)
私(Yumiko)は家族が大好きだ。。
びっくりするくらい。

父も母も、兄も弟も。

誰よりもみんなを愛している。

私は父に似ているといわれた。

~~~~
子供の頃の父は自衛隊に努め、
優秀で、隊内でも知れ渡る人だった。

男気が強く、
とてもガタイが良く、
力強く厳しかった。

父は家ではよく暴れていた。
お母さんと喧嘩をしては、手を挙げていた。
蹴るようなこともしていた。

お母さんは、
それに立ち向かって喧嘩することもあった。
出刃包丁をもって自分の身を守ろうとした。

私は、泣きながら、
二人のけんかをとめようと叫んでいた。


「・・やめて!!お願いだから・・」


その願いや声は、二人には聞こえていないようだった。


喧嘩がそれで終わることはなく、
私はただただ無力だった。

兄は喧嘩が始まると、
勉強机に向かって、
ペンをとって、宿題をした。

兄も弟も同じように殴られていたが、
宿題をしているときは、
父がほめてくれた
安心な場所と行為だったんだ。


だから喧嘩が始まると、
同じように机に向かった。

私は女の子だったから、
殴られはしなかった。

でも、

お父さんの怒鳴り声を聞いて、
震えていた。

怖かった。


そんなお父さんに
私は似ていると言われていた。
私の母は喧嘩が終わり、
父がいないところでは、

私にお父さんの愚痴を
言ってくるのだった。

「そんなに、
 嫌なら離婚すればいい・・」

母に伝えても、
子供たちがいる間は
離婚しないと、
言っている。

私はその時、
私たちのせいで、
お母さんは離婚できないのだ、
お母さんを苦しめているんだと思った。

お母さんの身体には、
青あざがついている。
あれは私が付けたあざだった。


私たち子供がつけたあざだった。


母は(母の)父を知らない、人だった。
父は養子に入った、人だった。

実の父の愛情を受けられていない人だった。

戦争のごたごたの中で、
結局、彼らは知らないなりに、
父を母を生きようとしていた。

「どこまで、私(Yさん)は
 本当のことが知りたいのだろうか?」

父と母が、長い年月を経て、
何事もなかったかのように、
普通に夫婦を生きている。


幸せそうに生きている。


でも、あの時に受けた

私や兄・弟の傷は

癒えたわけではなかった。

誰も子供を授かれていない。

私たち子供は、
置いてけぼりにされて、
どうやって人を信頼して、
愛せばいいのか、わからない。

ただ、この暴力の連鎖を
断つことだけ選んでしまっている。
私は自分が不幸だと思っていなかった。
他の家族のことも知らなかった。


自分が傷だらけだって、知らなかった。


その痛みに、家族を想うたびに
涙する理由が分からなかった。


その痛みの感覚を麻痺させて、
人を愛する感覚も麻痺させていた。


ただ、あの痛みの先に、
父・母への想いが眠っていることも
なんとなく分かっていた。


幼いころの自分がまだ胸の中で、
うずくまって泣いていることに
気が付かなかった。

そっとその幼い自分に
声をかけてくれる人がいた。

手を当ててくれる人に出会った。
「大丈夫だから」と。


仲間が見つけてくれた。幼い自分を。



私は幼い自分と一緒に泣いた。


自分の体を抱きしめれば。

お母さんが痛いところに
手を当ててさすってくれた
温かさがよみがえる。


「私、痛かったんだ、
心がはちきれそうだったんだ」


お父さんとお母さんのけんかが。
恐ろしかったんだ。


兄や弟が痛めつけられるのも、
同じように痛かったんだ。

私の心は、
同じように悲鳴を上げていたんだ。

そして、なぜ、
こんなに痛いのかにも、気づいたんだ!!

大好きな人が傷つけられている。


父も母も、兄も弟も。


みんな、みんな大好きなんだ!

だから痛いんだ。

だから苦しいんだ。

あなたの痛みは私の痛みなんだ。

なぜ、そんな理不尽が、
今、目の前で繰り広げられるのだろう。


みんなお互いを好きなはずなのに。


なぜ、傷つけあわないと、
愛を確かめられないのだろう。


私だけが間違っているのだろうか。。

もう、分からない。

・・・
感じるのに疲れたわ。
考えるのに疲れたわ。


幼い私の胸がいっぱいの涙で
埋め尽くされるのを(大人の私は)見た。


大人になった私は、
あの時に何が起きていたのかを、
幼い私に何が起きたのかを、
やっと見つめられた。

・・・
そりゃぁ疲れるわ。

あの時、自信を失ったけど、
やっぱり幼い私が考えた通り、

世の中では、
人を傷つけるのは良いことではなかった。

やっぱり、それは良くないことだった。

人が人を傷つけるのは、よくない。

どんな理由があっても。


それが平気で行われる家族だったんだ。

だからと言って、
嫌いになるわけじゃない。
むしろ、好きで好きでしょうがない。

あの時から一番、
物事を分かっていたのが、
私だったというだけなんだ。

自分の父のいない母は二度と、
旦那を失いたくなかったんだ。

養子に入った父は、
それなりの痛みを受け続けた人だったんだ。

暴力自体は許される行為じゃないけど、
父も母も愛されたい人だったんだ。

そして、私が誰よりも、
人を愛せる人だったんだ。



それに気づいたんだ。


今は妹のように幼くなった母は、
愛されたいのだろう。

丸くなった父も、
本心は愛されたいのだろう。

体面でのコミュニケーションしか
知らない二人は、

親に「家族」を教えてもらえていなかった
父と母。


私は父に似ていると言われる。

それでも真実を求めて、
知ることを諦めずに、
足を前に進めていた。

目の前にいる母を、父を、
最も愛している私から
そっと手を当ててあげよう。

彼らは、知らないから。
どうやったら相手が嬉しいか。

愛情を表現できるか、
あんまり詳しくないから。

私が教えてあげよう。

こうやって
背中をさすってあげて、
腕を回してあげよう。

彼らにこの温もりが
伝わるように。

父のように
私が最も勇敢だったのかもしれない。

二人にとって愛することほど、
恐ろしいことはないのかもしれない。

彼らにとって、
それ(愛すること)が、
「恐怖」でないことを、伝えたい。


それ以上の絆が、
子が親を想う気持ちが
強いことを知らせてあげたい。

父も母も、その想いを
自分の父と母に伝えられなかった人だから。

その分まで、私が愛そう。

そして、その想いの強さは、
私も一緒だよと、教えてあげよう。

いつでも繋がっていると。

驚くほど、
私は父も母も、
兄も弟も、

愛してる。
Yumikoさんのモノローグでした

脳は、物事を省略して覚える。
脳は、物事を一般化して覚える。

実は大事な物事も省略されている。

実はあなた個人として大切なことも、
一般化して埋もれている。

痛みで真っ白になった、
その先に、
大切な想いが隠れている。

彼女にとっての真実は、
誰よりも父を母を、
兄を弟を愛していた
ということだ。

だからこそ、
傷つけあった家族の意味が
理解できなかった。

幼い子供の頃の彼女は、
自分の痛みを感じないようにした。

だから、
家族を想うと涙だけが出たのだった。

~~~

本セッションを終えて、
彼女は自分に何が起きたのか、
知るのだった。

記憶の空白を、創造力が補った。

~~~

私(TAKEO)は、Yumikoさんの話を
丁寧にヒアリングさせてもらい、

彼女が主人公の心の声を描く、
記憶を書き換えるストーリーを
書いてプレゼントしました。

彼女自身、こころの中で
モヤモヤしていたことが、

文字になり文章になり、
ストーリーになることで、

自分のことを再理解することに
役立ててくれました。

そして、今では、
精力的に商品の販売を行い、

男女が幸せな関係を築けるような
アドバイザリーの仕事を誇りをもって
取り組んでいます。

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