登山を趣味とする者にとり、ブナは最も馴染み深い樹木のひとつでしょう。展望のない森林帯を黙々と歩いているときなど、独特の斑点模様を身にまとった太いブナの幹にふと気が付き、その高さを確かめようと見上げたことがある方も多いことと思います。
その斑点模様の正体は菌類と藻類の共生体である地衣類で、これが好んでブナの幹に繁殖するのは、樹皮がマツなどのように剥がれ落ちず、また雨が滑らかなブナの幹を伝い落ちる(専門用語で「樹幹流」といいます)ため水分を得るのに有利だからです。余談ですが、ブナはこの樹幹流に根から吸収したカルシウムやカリウムを溶出させることで、雨水の酸性度を中和させる働きもしています。ブナは自分が頼る土壌の酸性化を自ら防いでいるわけですね。
ブナは北海道の渡島半島の平野部から徐々に高度を上げ、鹿児島県の高隈山の頂上付近(1236m)までの各地に分布しています。紀伊半島では標高800m付近から上で見かけますが、同じブナでも東北地方と紀伊半島ではかなり違う印象を受けます。より正確に言えば多雪の日本海側と太平洋側の違いということになるのですが、日本海側のブナは葉が薄く大型で、白い幹が真っ直ぐ上に伸びるのに対し、太平洋側のブナは葉が肉厚小型で幹は黒っぽく、よく枝分かれしてずんぐりとした樹形になるものが多いようです。また、多雪地ではしばしばブナ以外はササしかない純林になりますが、太平洋側ではミズナラやカエデ類を伴った混交林ばかりです。なぜ、こんな違いが生じるのでしょう。
まず葉の違いについてです。細かい話をすれば、ブナに限らず一本の木でも先端の葉と下部の葉で違いはあるのですがそれはさておき、一般に日本海側のブナの葉の方が大きいのは水分条件に恵まれているためと考えられています。多雪地のブナには水不足の心配がないので、葉からの水分の蒸散など気にすることなく伸び伸びと葉を大きくして光合成をすることができます。一方、雪が積もらない太平洋側のブナは、春の乾燥や夏の日照りでしばしば水不足に直面するため、葉から蒸散する水分をできるだけ減らそうと葉を小さくして環境に適応しているのです。下の図は立正大学の白石貴子さんと渡邉定元さんの論文から引用させてもらったものですが、ご覧の通り太平洋側のブナの葉の面積は日本海側の葉の4分の1くらいしかありません。

が、それで終わらないのが生物というものの面白さ。太平洋側の山地に雪は少ないですが、その代わり太陽光は日本海側よりはるかに強くたっぷりあります。そこで葉の広さで後れをとった太平洋側のブナは、日本海側のブナでは葉の表側に一段しかない光合成細胞を二段または三段重ねにしてこのハンディをカバーしています。太平洋側の日光の強さが、一段目を透過した光を二段目、三段目の細胞で受け止めての光合成を可能にしているのです。日本海側のブナの葉に比べ太平洋側のブナの葉が肉厚なのはそのせいです。
また、樹形の違いや純林の有無もこの雪の多寡で説明できます。豪雪地ではブナ以外の高木の広葉樹は、幼いうちに積雪に折られて生き延びることができません。また、ブナにしても斜上する幹や枝は積雪の重みで折られるため真っ直ぐに伸びる個体だけが生き残る結果、すっきりした樹形のブナばかりの純林が形成されるのですね。他方、雪がない太平洋側では曲がったブナやその枝も折られず成長するためずんぐりした樹形となり、また他の樹木も雪に折られず生き延びられるため高木層の樹種が多い混交林となるのです。ただ、なぜ雪深い地方ほどブナの幹が白くなるのかだけは正確な理由がわかっていません。太平洋側のブナが日焼けしてるってことなのでしょうか。自分で確認したわけではないのですけれど、聞くところによれば秋田美人はじめ東北地方には色白の美女が多いといいます。もしかしたら同じ理由なのかもしれませんね。
ついでですが、このように豪雪は高木には厳しい環境条件なのですが、面白いことにこれがかえって好都合という樹木もあります。雪の中で気温は零度以下にはならないため、そこに潜り込んでしまえば冬の厳しい寒さや季節風からも乾燥からも守られるからです。これは冬山で登山者が雪洞に潜り込むのと同じ理屈ですね。掘るのにちょっと手間と時間がかかりますが、雪洞はテントに比べはるかに暖かく快適です。ユキツバキ,ヒメアオキ,チャボガヤなど、雪に潜れるよう背を低くしたり雪の重みで折られないよう身体を細く柔軟にしたりして、多雪という特殊な環境条件に適応した植物群を専門用語で「日本海要素」というのですが、たとえば紀州の山では冬空に高く赤く咲き誇るヤブツバキが、雪国にきて灌木のような姿に身をやつしつつ雪の中で懸命に花をつけているのを見ると、生命のすごさに襟を正したい思いにとらわれます。
話を戻してブナの実の豊凶についても触れておきましょう。クマが人里に出没したりすると、ブナの実の凶作が原因と説明されることがよくあります。ソバに似たブナの実は人間でもアクを抜かずそのまま食べられるほどで、クマにとり重要な栄養源であることは確かです。しかしブナは5~7年に一度しか豊作の年がありません。クマにしてみればそんな気まぐれなブナを主食にするのはリスクが大きすぎます。だから冬眠前のクマが頼りにするのはミズナラなど豊凶差が小さい他のドングリや果実類で、ブナが豊作の時は「今年はラッキー!」という程度なのだろうと思います。
では、なぜブナはこんなに豊作の年が少ないのでしょう。その有力な説明として「種子捕食者飽食仮説」というものがあります。「仮説」といいますが、これを裏付ける調査報告は結構あるのでたぶん当たらずとも遠からずといったところでしょう。
ブナの実を餌にする動物は前述のクマなど多くいるのですが、たくさん食べるという点では、まだ木についている未熟期に食害するブナの実専門のブナヒメシンクイなどの昆虫と、成熟して地に落ちた実を集めて食べる野ネズミが主役で、その食害率8~9割に達するといいますから大変。植物は懸命に光合成した成果の多くをせっせと繁殖つまり花や実づくりに投資しています。なのにその大半が食べられては子孫を残せません。骨折り損のくたびれ儲けとはこのことです。
そこでブナは考えました。食害昆虫や野ネズミの生息数がブナの実の結実量に依存していることは明らかです。であれば、不作や凶作を続けることでこうした昆虫などを減らすことができるはず。で、減り切った頃を見計らって一気に結実させれば、さすがの貪欲な捕食者どもも食べきれず多くの実が生き残るに違いありません。それを地域のブナが同調して行えば風媒花であるブナの受粉確率が格段に高まるという効果もあります(受粉効率仮説)。つまり、数年は実質的に繁殖をあきらめても、一回爆発的に種子を散布できれば勘定は合うという戦略なのですね。それにしてもこのサイクルにかなり広い地域のブナが歩調を合わせるとは・・ 自然はつくづく驚異に満ちていると思いませんか。