「雨が降っても自分のせい」

松下幸之助の有名な言葉です。

 

私が始めてこの格言を聞いたとき,

は?なんで自分のせいやねんwww天気を操れるわけないだろwww

と、率直に思っていました。

 

でも今考えると、この言葉の意味が理解できるようになりましたので深堀りしていきたいと思います。

 

「雨が降っても自分のせい」の意味

「雨が降っても自分のせい」というのは、

「何が起きても、それを想定して動いてこなかった自分が悪い」

ということだと解釈しています。

 

例えば、電車の遅延で出勤時間に遅れたとなれば、「しょうがない」と思うのがほとんどの人です。

 

ですが、「電車が遅延するのを見越して、一本前に乗るだとか、可能な限りの努力をしなかった自分が悪い」

ということです。

 

このような考えが自分を成長せさ、次のステージへと立たせてくれるのです。

 

特に、経営者に向けた言葉のようであります。

経営者は会社で起こったことに関して全ての責任を負わなければなりません。

 

「あいつのせいだ!」とか「忙しかったからしょうがない」と愚痴をこぼす人。

明らかに環境や誰かのせいであったとしても、「自分にも責任がある」といい、更に「どうのようにすれば良かったか」と考える人。

後者に、世の中の女性たちは「頼りになるかも!キュン!」とします。(勝手な妄想ですwww)

 

とにかく、不満や批判を吐き出しても何も生まれません。自分の感情を吐き出しているだけです。その時間を、「どうすれば良かったか」と考える時間に当てて次の行動に移すのです。

 

自分を変えることは本当に難しいです。なぜなら、「考えて行動」しなければならないからです。考えると脳がフル回転になるので、それだけ疲れます。更に行動することは、今の自分の状態から一歩踏み出すので、不安が生じます。だから、環境や他人を批判するだけの「楽」な方に進んでしまうのです。

 

変化する社会のあり方

終身雇用が守れない(トヨタ社長や経団連の中西会長の発言)

年金制度崩壊(日本政府の発言)

Uberのサービスに起因するタクシードライバーのデモ(アメリカ、ヨーロッパ)

 

近年では、これまでの国家や大企業の仕組みが崩壊し始める発言が目立ってきています。

AI・ロボティクスの発展によって、求められるスキルが移り変わり、あらゆる仕事が失われつつもあります。

 

当然このようなニュースが出ると批判が殺到しますし、SNSでは様々な意見が飛び交います。

 

あなたは批判するだけですか?

それとも自分が変わりますか?

 

これが運命の分かれ道です。

 

思考放棄する人、自分を変えようとする人

Uberの出現によって、タクシードライバーが街で暴動を起こすニュースがありました。「私たちの仕事を奪うな!生活できないだろ!」と。

 

年金制度が崩壊するのは目に見えていたのに、政府から公式に発表されたとたんに批判し始めます。「年金返せデモ」があるみたいですwwwまじか。何の意味もない。その時間を自分でどうやって補っていくか考える時間に当てた方がよっぽど自分のためになります。

 

要するに文句を言う人は「思考放棄」しているだけなのです。感情をぶつける方が「楽」ですからね。誰かに頼りきったほうが「楽」ですからね。

 

お金を増やすには「考える」という苦労がありますし、自分で勉強しなければなりません。確かに、日本は「お金」「投資」といったテーマを国が勉強させない教育方針を取ってきたので、国の責任も多少なりともあるでしょう。しかし、過去のことを悔やんでも意味が無い。

 

「雨が降っても自分のせい」

変えられるのは「自分」のみです。

 

今からでも、何歳でも、勉強するのは遅くないです。

「勉強」と聞いて身が引けてしまった人は、学ぶことの楽しさを分かっていないかもしれません。

 

勉強は本来楽しいこと

日本人は「勉強」が嫌いな人が多いです。

なぜなら日本の教育は、先人たちが生み出してきた知識という「過去のデータ」を脳に「ダウンロード」する作業だからです。そんなの楽しくないに決まっていますwww

勉強が嫌になるのは無理は無いです。

 

本来は、勉強することって楽しいことです。

 

自分の好きな趣味をやっているとき、楽しいですよね?

私は、釣りが好きだったので釣りを例にします。

「さおの種類」「釣り糸の違い」「天気」「風」「満潮干潮」「狙う深さ」「ルアーの違い」「潮の濁り」「魚やイカからどのようにルアーが見えているか」などを勉強しました。

これらを駆使して、そのときの環境に合わせて最適な道具を選定し、攻略をしていく楽しさ。偶然に「釣れた!」ではなく、自ら考えた結果「釣った!」という感覚!

いや~楽しいです。(魚を釣る目的から外れている気がしますがwww)

 

これも勉強です。

 

例えば、ただ「釣り糸の種類」を勉強したところで、何も楽しくありません。でも「岩場の多い環境」があったとして、岩に擦れても切れにくい「釣り糸」は何だろう?という勉強の仕方だと面白いです。これが本来の勉強の仕方だと思っています。

 

日本の教育は、ただ知識を勉強するだけのやり方がほとんどです。実際に何に使われるのか、どのように役に立てられるのかが抜けているのです。

 

教師は、「何故このようなことを学ぶのか」という本質を教えることが、本来教師としての仕事であるべきです。教師としても、つまらないですよ。ただ子どもたちに、データをダウンロードさせるだけの作業ですから。学ぶ意味を本質から教える必要があるのです。

 

これが「数学」となると、何のために公式があるのか、実世界でどのように使えるのかを見出し、更に分かるように伝えるのは、かなり難しくなりますが、それが教師としての仕事だと思っています。

 

子どもたちが楽しいと思ってくれる授業をした方が、教師としても教え甲斐があり、楽しいと思います。

 

すいません、取り乱しました。気が付いたら、教育の話をしていましたwww

 

まとめ

「雨が降っても自分のせい」の意味を分かっていただけたでしょうか。

 

他人や環境がそうなることは、もうどうすることもできない。だから、自分を変えるしかないのです。

 

この世界は資本主義なのだから、仕事が変化するのは当然。新しい技術によって仕事が変化するのも当然。国や企業に頼りきって慢心している当然の自分を変えなければなりません。

 

もちろんみんな頑張って必死に生きているんだけれども、現状がこうだからと言って、ただなんとなく生きて、結局何も変わらないまま人生が終わる。こんな人生じゃなかったと後悔する。ほとんどの人がそうだと思います。

 

現実から脱出したい、成長したい、成功したい、幸せに生きたい、人生を変えたい、と思うのであれば、考え、行動しなければなりません。

 

成功する人は、このような事態をチャンスと捉え、どんどん挑戦し、進んでいきます。