うちには掃除機がない。

どうやってタイル床を掃除しているかと言うと、ベトナムの古式に則って、ほうきでゴミとホコリをチリ取りに集めるのである。そしてその後、モップで水拭きする。

これ、ほうきの柄の長さが十分にないため、自然と腰を曲げて掃除することになり、腰痛の原因となるのだ。アメリカが超大国となった第二次世界大戦後の1958年に発刊された『The Ugly American』は架空の国を舞台にしているが、モデルはベトナムと言われている。アメリカ人の無知と傲慢さを痛烈に風刺する著作である。しかし、真摯に国の発展に貢献しようとする人物も登場するのだ。

昔の日本にも当たり前のように見られたことだが、おばあちゃんたちの腰が曲がってしまっているのを見て、ほうきの柄をもっと長くしてこの問題を解決したアメリカ人も描かれている。

引っ越して間もなくの頃、イオンモール・セラドンにあるダイソーに行って、柄の長いほうきを見つけようとしたのだが、チリ取りは売ってるのに、ほうきは１本も売ってなかったのだ。奇怪千万。

そして、ほうきで本当に掃除ができてるのかというもっと大きな問題がある。目に見えるほど大きなホコリ、チリ、髪の毛、ゴキブリの死骸などは集められても、もっと多量なチリはほうきの動きで空中に舞い上げられて散らばり、間もなくして床に降りてくるのだ。

だから！T女史が帰省した日にイオンモールのスーパーで十分に長い柄の付いた粘着ローラーを見つけたので、それを買ってきて、バンコクからホーチミン市に戻ってきた翌日に床を徹底的に掃除したのだ。デング熱を発症する直前のことである。掃除機を買うことも可能だったが、それでは女史にとって飛躍が大きすぎると思って断念した。水拭きだって、柄の先にはさむ使い捨てのウエットシートでやればいいと思うのだが、そんなものはどこにも見つからないのだ。

帰って来た女史には、遠慮がちに「キミは気にいらんかもしれんけど、これで掃除してみて」と言ってみた。すると、彼女は「数回使ったことがあるけど、すごい量のホコリが引っ付いて（困った）」と眉間にしわを寄せて言うのだ。「せやから使う意味があるんとちゃうの」と反論したかったが言い争いになりそうだったので、やめた。

それ以降、自分は彼女の外出中や仕事中にローラーをコロコロと転がしてこっそりと掃除しているのだ。それを知らない彼女はいまも伝統を守ってほうきを使っている。オレが間違うてるんやろか……。

ベトナム事情―掃除の流儀