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[６]

小次郎は池袋北口の喫茶店、珈琲館の窓際の席で、コーヒーにミックスサンドを頼んで隆行の来るのを待っていた。
待ち合わせよりも少し早めに着いた小次郎はサンドイッチを頬張りながら店内を一通り眺めて見た。

ここは昔から変わらない、店内の客層はというと、風俗やキャバクラの面接ぽいもの、如何にもキャッチセール的な商品説明や儲け話、ねずみ講、インチキぽいスカウト、宗教風な勧誘、ヤクザ、どう見ても組み合わせの不似合いな男女、ギャルに騙されてそうなおっさん
とギャル、普通の一般客の方が珍しく、ここの店内では浮いて目立ってしまうぐらいである。

そんな店内の人間ウォチングをしていると、入り口に隆行の姿が現れた、ワイシャツにスラックス姿でハンカチで汗を拭いながらやって来た。

席へ着くなりネクタイを抜き取り、暑い暑いと連呼している、小次郎も追加注文をしアイスコーヒーを２つ頼んだ。

「隆行、最近忙しそうだな」

「まぁおかげさんで、この業界、普通夏場はそれ程忙しくは無いんだけどな」

小次郎にとっても第二の父とも慕う叔父さんから、家業だった街の不動産屋を引き継いだ隆行は、リフォーム事業等にも手を広げ、それがだいぶ順調な様子だった。

今日ここで待ち合わせしたのは、隆行がわらしに付いて少し話をしたいという事だったからだ。

隆行の話を聞いた小次郎が言った

「えっ、自己防衛？自衛隊か」

隆行が言うには、わらしは自己防衛本能とでも言うべきなのか、自分が心を許す、気持ちを開いた時にだけ、初めてその相手にわらし姿が映るのでは無いかというのだが、成る程それは有り得るかも知れないと小次郎は思った。

２人はまずわらしの年齢について会話し始めた、実際にその年齢ならば小次郎が憶測した妖怪説でないと説明が付かない

「うぇぇっ！はっぴゃくさいって８００歳か？」

「そうだ８００歳って本人が俺にそう言ってた」

「８００歳ってすげぇな、大体８００歳と言ったっていったい何歳に成るんだよ」

「だから８００歳だろーが」

「そうか」

「令和、平成、昭和、大正、明治、幕末、この辺りで俺らの曾々々々爺ちゃん婆ちゃん辺りか、じゃわらしは江戸時代生まれか？」

「小次郎・・あのな、お前は歴史の時間も寝てたのか、最低限の日本史の年表位は頭に入れて置けよ」

隆行が俄かに小次郎の歴史の教師と成り授業を始めてくれた、江戸時代の前に安土・桃山時代が有、その前に下克上乱世の戦国時代、そして足利の室町幕府時代が有、更に遡り鎌倉幕府の時代、おそらくわらしは、この時代生まれじゃ無いかと隆行は説明したのである。

８００歳てのも切上、切り下げ四捨五入で多少のさば読みが有ったとしても大まかこの辺りでは無いかと。

「それじゃ、元寇でモンゴルが攻めて来たのも知ってるのかもな」

「時代から言って、源頼朝や北条政子を生で見た事があってもおかしく無いって事か、生の政子ってなんか凄くねっ、なま政子」

「いやっ、ひょっとしたら五条の大橋で牛若丸、源義経と弁慶の闘いを生観戦してた可能性もあるんじゃねーか」

うーん、実はわらしって凄い人物なのではと感心していた小次郎に隆行が気に成る事を言い出した。

先日小次郎が銀行や区役所回りで不在の時に、隆行が小次郎の家へ大工さんの請求書を持ってフラリと訪れた、
家へ上がり暫く小次郎が帰宅するのをわらしと待っていたのだが、その時隆行が持っていた新築のアパートの
設計図面をペラペラとわらしがめくって眺めていたらしい。

「１度見ただけで全て暗記してるんだよわらしちゃん、それどころか記入ミスや寸法の間違い、構造計算や給排水
電気ガスのより的確な配線配管経路の指摘までしちゃうんだぜ」

気になった隆行が試しにカバンの中に持っていた、宅地建物主任者の本を渡してみたらしいのだが、ページを全て
めくり終わるまではそれなりの時間は掛かったが、何ページ、何百何十ページと質問するとスラスラと一文字の間違い
も無く全て暗記してると言うのである。

それが本当ならば、確かにそれはもう人間業で成せる事では無い、AIやスーパーコンピューターが競い相手の世界である。

「まぁな、でもわらしちゃんがどんな妖怪で有ったとしても、俺達の可愛い妹分には変わりはないよな」

「娘じゃねっ」

そこは二人の意見は一致し小次郎は隆行と店を出てから別れ家路へと向かった。

あっ、そうだ、わらしにケンタキーでもお土産に買ってくか、足取り軽く小次郎はケンタキーへ向かった
わらしの喜ぶ姿を想像するだけで自分までウキウキして来るのである。
考えた事も無かった小次郎であったが、そんな自分の心境に気が付き、幸せって実はこんな些細な事なのかも知れないな
等と考えた瞬間、なんだか急に自分自身がコッ恥ずかしく成り

「くぅぅぅ、俺はいったい何を言ってるんだタコ助が！たくもぉ、幸せぇ～ってなんだっけ♪なんだっけ♪」

などと独りボケツッコミをしながらケンタッキー・フライド・チキンを目指して歩き始めていた

「ママぁ～あの人なぁに？」

「見ちゃ駄目よ、最近暑いからね、変な人が多いのよ」

見知らぬ親子が小次郎を避ける様にして小走りに逃げ去って行くのであった。

小次郎が帰宅をすると、わらしが玄関先まで小走りに掛けて来て出迎えてくれた、小次郎の手にしたケンタッキーセット
を見つけると嬉しそうに飛び跳ねてくれる、両手で頭の上に乗せキッチンまで早く早くと小次郎を急かすのである。

そんなわらしの姿を見ながら小次郎は、よしっ！稼ぐぞ、と心に誓うのであった。

その日小次郎は深夜までパソコンデスクに座り監視銘柄のチェック、ポートフォリオの整理などをしていた。

「こじろう、おちゃ、こじろう、おちゃ」

お盆に湯飲み茶わんを乗せ、溢さない様にと慎重に慎重にわらしが熱いお茶を入れて来てくれた。
ようやくエアコンも設置する事が出来て、涼しい室内での熱いお茶は一息入れるのには最適だった。

わらしは感心する程よく家の中のお手伝い、身の回りの整理などを手伝ってくれた、掃除に洗濯、食器洗い
小次郎にとってわらしと庭先で洗濯物を干したり、一緒に成って食器を洗ったりしている時間が充実し楽しくて
仕方が無かった、不思議な事にわらしの着物は全く汚れる事がなかったし、トイレにも行かないのである
ただお風呂だけは好きな様で、風呂場から楽しそうな鼻歌がよく聞こえてくるのである。

小次郎が一息付く為に、わらしの入れてくれた緑茶をソファーに座り飲んでいると、パソコンデスクの椅子に
よじ登ろうとわらしが悪戦苦闘をしはじめた、椅子によじ登ろうにも、クルクルと椅子が回り始めたり、椅子の車が
勝手に滑り出してしまう為になかなか上手く着席まで至らないのだ、そんなユーモラスな姿を暫く眺めていたが
小次郎はわらしを軽々と持ち上げちょこんと座らせた、しかし小さなわらしには低すぎるので、小次郎は椅子の
高さを調整してあげた。

暫くモニターを眺めて居たわらしの横で小次郎が少し気に成りわらしに何を見ているのかと聞いてみた。

「これっ」と言いながらわらしはマウスを動かしながら１つの銘柄の社名をモニター上で示してみせた

驚いた事にわらしは、社名と証券コードナンバーを呟いたかと思うと、その日の値動き詳細情報、信用取引状況
チャート、時系列、企業情報や決算書内容これら全てをスラスラと覚えているのである、驚いた事にチャート等は
時系列と組み合わせその企業の上場時から全ての値動きを終値、高値安値何年何月何日と問えば瞬時に答えて来るのである

「こじろう、わらしパソコンつかってもいいか？」

唖然としている小次郎はただ、どうぞどうぞと頷くばかりであった。

チュンチュンチュン　雀がチュン♪

モーニング　グッドモーニング朝である

小次郎はソファーで寝てしまっていたようである、気が付くと薄い掛布団が掛かっている、どうやらわらしが掛けてくれたようだ。

カチャカチャカチャ

わらしの小さな指先が、パソコンのキーボードの上を流れる様に動き回ったかと思うとカーソルを動かしジーとモニター
を凝視する、やがて再びカチャカチャとキーボードを叩き始め、また同じ様な動作を繰り返す。

あれからずっとわらしはこの作業を続けているのか、小次郎は寝ぼけた眼を擦りながらソファーから降りてわらしの
傍らに立ち挨拶をした。

「おはよう、わらし、俺寝ちゃてたなごめんな」

わらしはニコリと小次郎を見上げながら嬉しそうに聞いて来る

「こじろう、わらし頑張ってるか？わらし偉いか？」

小次郎は微笑み、わらしの小さな頭を撫でながら褒めてあげる、すると嬉しそうに再びカチャカチャとキーボードを
叩き始めたのである、小次郎は暫らくモニター画面の動きを眺めて居た、１銘柄の全ての項目画面を次々とクリック
しながらやがて次の銘柄へ、それを繰り返し続けているのだが、小次郎は有る事に気付いた証券コードだ、見ていると
コードナンバーが若い順から次々と銘柄を選択していってるのだ。

「わらし、もしかして昨日の夜からずっとそれを繰り返してるのか？」

「わらし、もうすぐ終わる」

もうすぐ終わるとは言っても日本の店頭公開されてる企業だけでも２千社以上は有る、その情報を全てこの小さな頭の
中に収めていると言うのだろうか？仮に同じように各銘柄全ての項目を画面コピーし続ける作業を行ったとしても、今の
わらしの作業ペースにはとても敵わない、そもそも画面コピーを続けるだけでも気力、体力共に持つわけが無い。

小次郎は時計に目を向けた、午前８時３０分を過ぎていた、つい寝過ごしてしまった事に今更ながら気が付くと、現在の
収入の源、株式トレードの準備に取り掛かった、仕事用に使って居るパソコンが２台とモニターの３つは今わらしが占拠中
なので、予備のノートパソコンとテレビを繋ぎ大きなモニター代わりとした、気配値はそう悪くは無かった、相変わらず
わらしはテキパキと作業を続けている。
午前９時、東京証券取引所が開き一斉に株価が忙しく動き始めた、小次郎の仕事のスタートだ。

「おおおっ、オイオイオイそこで何で下がっちまうんだ、やべっこっちも、うわっ売り早過ぎた」

正直な所、此処の所あまり成績のパッとしない、いや、それどころかかなり成績の芳しくない小次郎であった。
生活に困窮するとは言わないが、このまま行くと銀行の定期預金を解約してトレード資金を増援しなければ成らなく
成りそうだなと頭を痛めていた所である、こんな場合焦りは更に悪い流れを引き込み、悪化速度はジェットコースター
の如く一気に落ちて行く。

「何をやってんだろうな俺は、ﾀｸｯ　今はこれが喰いぶちなんだから、この調子じゃ飯も食えなく成っちまう」

その時わらしの動きがピタリと止まり、パソコンデスクの椅子から飛び降り、ソファーの小次郎の所までやって来た。

「こじろう、わらしお手伝いしていいか？こじろうのご飯のお手伝いして良いか？」

「アハハ聞いてたのかわらし、ご飯が食べられなく成るって事は冗談だけど、まぁな最近調子悪いかな」

わらしは、それでも手伝いたいと言うので、小次郎はその日のトレードは取りやめ切り上げる事にした、休むのもトレードだと都合よく自分に言い聞かせ、物は試しとばかりデイトレ資金分をわらしに任せてみる事にした、ノートパソコンをわらしの前へ置こうとすると、パソコンデスクでノートも使いたいと言うので設置してやった、いきなり３台も使いこなせるのか？

小次郎がネット証券の説明をしてあげようと隣に付くよりも素早く、わらし大丈夫とばかりにいきなり操作し始めた

タン、タン、タン売り、売り、売りクリックボタンが連続して行われた、小次郎は意表を突かれ思わず声を出す

「わらし！それ俺の含み損、塩漬け銘柄だから売ちゃ駄目だって！」

しかし売れてしまった物は後のカーニバル、もう戻って来やしない、大損確定ぇ～さよなら諭吉君

売った資金を補充したかと思えば、そこからの動きが凄かった、わらしは左手で２台分のキーボードを叩きながら、
器用に右手でノートパソコンを操り出した、昨夜のうちにまとめて置いたのだろうか、監視銘柄用のフォルダーの
中にはピックアップされた銘柄がびっしりと並んでいた、小刻みに複数の銘柄を買ったかと思えば、小次郎なら躊躇してしまう様な大胆な一点買いもする、それはまるで綺麗な波乗りサーフィンを見ているかの様だった。

1つの取引では決して大きな利益では無いが、次から次へと銘柄の売り買いをし利益確定を続けて行く、買ったと思えば微かな利益でも次々と利確をして行く動きは稲を刈る脱穀機さながらである、見事なのは買って上がらぬと見れば数分でも即損切、次の銘柄へ、そして決して休む事無くキーボードを叩く小さなわらしの手は、鍵盤に触れ名曲を奏でる名ピアニストを思い起こさせた。

AIやアルゴ、大手機関や仕手集団が個人投資家から資金を巻き上げて行く昨今の株式市場に置いて、それらが襲い掛かる
大蛇や龍だとしたら、わらしは、その巣窟の原野の中を襲い掛かる牙を巧みにかわし、縦横無尽に駆け抜ける小さな獣の様であった

「すげぇ、まるでAIやアルゴ相手に巧みにすり抜け戦って居る様だ、スゲェなわらし」

わらしが手を休めずに小次郎の顔を見上げながら聞いて来る

「こじろう、嬉しいか？わらし、こじろうの手伝いしてるか？」

嬉しいなんてもんじゃない、凄いなんてもんじゃないぞ！そのくらい喜んでるぞと小次郎はあらん限りの言葉でわらしを褒め讃えた、それを聞いたわらしは嬉しそうに微笑み、パソコンのモニターに再び目を移した。

前場が終わり後場の始まる間にもわらしは休む事無く忙しくネット上のデーターをその小さな頭の中に叩き込み続けて居る様子だった。

その日小次郎はわらしの取引きデーターを眺めながら驚愕していた、同時刻１分間の間に凄まじい量の取引決済が行われているのである、１秒に１件決済したとしてもとても無理な数値が延々と並んでいた。

「人間技じゃないだろこれは・・・って、そっか妖怪だもんな、わらしは」

小次郎がスマホで取引きデーターを確認している間にもわらしは休む事も無く、延々とパソコンを操作し続けていた。

「パソコンを増やしてあげようかな、わらしの為に」

翌日、早速小次郎は新しくパソコンを２台買って来て設置した、今までのパソコンデスクでは当然追いつかない、小次郎は
わらしの背丈に合った椅子とデスクを新たに新調した、しかし数日もするとわらしのトレード能力と速度は５台のパソコンでも有り余ってしまう事に気が付き、７台１０台と次々とパソコンが増えて行き、今では４つの証券取引口座と１２台のパソコンを操る様に成ってしまったのである。

それだけの設備を新たに導入しても、わらしの日々稼ぎ出す利益は軽々と黒字化させてしまっていた。

ソファーに座りながら小次郎は忙しく動くわらしの後ろ姿を眺めて居た。

「うむぅ～ここから見るとまるで宇宙戦艦ヤマトの第一艦橋やイージス艦の艦内を見ているようだな」

パソコンとモニターが所狭しと並び、それが全て休む事なく次々と様々なデーターに切替わる様子は圧巻だった
そして其れを全て動かしているわらしの背中を見ているとこれが現実だとは思えなく成って来た。

スマホで口座確認をしながら小次郎は考えていた、いきなりドカンと飛び出し増える日は無い、しかし堅実、そして
確実に資金が増えて行くのである、このペースで行くと億トレーダーの仲間入りはおろか、数十億いやっそこまで行けば
更にその上の桁まで数年も要せず到達してしまうだろう。

小次郎は少し言い知れぬ怖さに震えそうに成ったが、そこは現金な物であるから、増えて行く資金を眺めながら何かと
夢を膨らませて行くのであった。

「よし、わらし、近々改築して、お洒落でカッコいいわらし専用のパソコンルームを作るか、でもこの調子ならいっそ
叔父さんと相談して鉄筋の新築建てさせて貰ってもいいかもな」

「こじろう、嬉しいか、わらし、こじろうのお手伝いしてるか」

わらしは、事ある毎にいつも小次郎にそう聞いて来た、その度小次郎はわらしに如何に助かっていて、どれ程感謝して
いるのか、言葉の限りを尽くして褒めたのである。

わらしは、本当に嬉しそうに満面の笑みを溢すのであった。

■ああ池袋我が家は時空のスクランブル交差点■【第二章[６]】