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[３]
ぶーーーーん
ぶぅぅーーーん・・・ぶぅぅーーーんブンブン♪蜂が飛ぶ♪お池の周りで、ブンブンブン♪

って！飛ばねーから！

ぜんぜん飛んでねぇから、深夜１２時も回っているだろうか、小次郎は1人ボケツッコミをベッドの上でかましていた。

まだ段ボール箱や荷物が至る所散乱していたが、ようやく今日引越しを終え、新居で迎えた初夜である、初夜、独りぼっちの初夜だけど。

本来ならば引越しの疲れも出て朝までグッスリと眠れるはずなのだが、とにかく眠れないのである、原因は明白であった
暑い、とにかく暑すぎるのである、連日の熱帯夜、昨夜までは引き払ったアパートの部屋には、エアコンが有り特に気には成らなかったが、この家にはまだエアコンが無いのである。

親友の隆行が扇風機を持ってきてくれたので、出力全開エネルギー充てん１００ボルト発射ぁぁ！とばかりに気合いを込め、この扇風機の持つ潜在能力【強】で稼働させて居るのだが、もう焼け石に蛙の面に雀の涙、ブンブンと音を立て、首を左右に振るばかりで単に熱風をひっ掻き回しているだけに過ぎなかった。

そうだ、こんな時は羊の数を数えればいいんだとばかりに、羊が１匹、羊が２匹と数え始めたは良いが、思い描いた羊はこのクソ暑い最中にご丁寧に毛皮を着てやがるもんだから更に暑くなる、それじゃぁ涼し気なペンギンが１匹、ペンギンが２匹と数えてみたが、はて？ペンギンの数え方って１匹２匹で良いのかな？などと雑念が沸き上がり余計に眠れない始末であった。

結局は無理に寝ようとはせず、冷た～いビールでも飲みながら、株の銘柄チェックでもしてりゃその内に、熱帯夜を打ちのめす程の睡魔がやって来てくれるだろうと独り合点に落ち着いた。

小次郎は１階の洋室２部屋の内小さな５帖部屋を寝室用に使い始めていた、ドアを開けると直ぐにキッチンの向こうの廊下
突き当り迄見渡せる、ドアを開ければ丁度家の端から端まで見渡せる位置であった。

冷蔵庫から缶ビールを取り出しプシュリと空け、ゴクゴクと喉を慣らし一気にビールを流し込む。

「旨い！最高ぉ」

別にビールのコマーシャルをして居る訳では無いが、この熱帯夜に大汗流している喉にはたまらなかった。
立ったままその場でビールを飲んでいた小次郎だが、キッチンシンクの並びにある昔の勝手口ドアを見た、次に反対側
正面にある和室四畳半の入り口ドアを見ながら考えた。

ここの勝手口なんて使わないから網戸用のネットでも張って、洗面所側の壁に沿ってソファーを置き和室の戸と窓を空ければ
風通しが良くて気持ちが良いかもな、小次郎は涼し気な風の中、自分がソファーで寛ぐ姿を想像しホームセンターでも行ってみようかと考えていた。

だが、小次郎はふと有る事に気が付いた、先程ベッドに入る前、換気の為に開けて置いた和室の窓を閉めたのであるが、
その際、和室のドアは閉めたはずだ、片側開き戸だが多少建付けが悪くなっており、カタカタ所々引っ掛かってしまい少し力を加えないと開閉し辛かったので、１度自分で手を入れて見ないと駄目かと考えながらキッチリ最後まで閉めたはずなのである。

おかしいな？そう考えながら小次郎はキッチンに無造作に置いて有る、開梱してない引越し用の段ボール箱の上に飲みかけのビールを置き和室へと向かってみた、近々リモコン式のＬＥＤのシーリングに変えようとは思っていたが、今はまだ元々着いていた古い電球のままで有る、室内の中央まで行きスイッチの紐を引っ張り電気を点けてみた。

裸電球の灯りが室内を仄かに明るくした、壁に自分の影がクッキリと黒く浮き上がる、右側は四枚の襖が有り、これを全部取り払ってしまえば隣の和室と合わせ10畳半の大きな和室としても使える、引越しを手伝ってくれた隆行と宴会も出来るな、等と日中も話し合っていたばかりだった。

反対側四畳半の部屋は半間、一間の押し入れが並んでいて畳の長さで言えば1.5帖の長さ、部屋の端から端まで収納に成っている、その押し入れの襖を見て居た時だった。

小次郎の足元を風が流れて行くのが分かった、室内の窓は閉まっているのに風？
しかし明らかに足元を風が流れているのである、その証拠に隣の和室との仕切りの襖が四枚ともカタカタと小刻みに揺れ始めているのだ、その風はまるで畳の上を水が流れる様な感覚で次から次へと吹き続けて来る。

それは小川のせせらぎの中へ足首まで浸かり立っているような感覚だった。
この風の流れて来る先は・・・

小次郎の正面に見える１間の押し入れの中からである、壁に穴でも空いているのか、床板が外れて温度差で風が流れ込んで居るのか、いずれにせよ修理しなければならない所は確認しておきたかった、自分で直せる所はコツコツと直し、無理であれば隆行に頼んで大工を手配して貰えばいい。

足元の風をかき分ける様に歩いて行き、小次郎は襖に手を掛け開けた、ここも建付けが悪くカタカタと音を立てようやく開いたが、この時いきなり空気の塊がブワッ小次郎目掛け一気に流れ出て来た、咄嗟に両手を顔にかざした程である、まるで開けた途端に布団の山が押し出して来たような圧力を感じた、大穴でも空いてしまってるのか？日中軽く掃除機を掛けた時には特に何も無かったはずである。

押し入れの腰高の上部にはガランとした薄暗い空間が有るだけで何もない。
小次郎はその場でしゃがみ込み下段を覗き込んで見た。

「おわぁぁぁぁぁ！」

小次郎は思わず後ろへ飛び尻もちを着いた、それでもまだ収まらずに押し入れの下段を見据えたまま、手足をバタバタさせながら後退り、ドカンと背後の襖へ強くぶつかった、その衝撃で２枚の襖がバタバタと隣の六帖の和室へ倒れ込んだ

尻もちを着いた小次郎の真正面、同じ目線の高さにそれは座っていた、押し入れの壁にもたれ、ちょこんと足を伸ばした状態で、薄紅色の着物を着た童女、女の子がちょこんと座っていたのである。

前髪が綺麗に切り揃えてあり、腰の辺りまで長く伸びた黒髪は思わず魅入られてしまう程深い黒色、それが艶々と水気を帯びたように光っている。

こんな真夜中に小さな女の子がなんで押し入れの中に居るんだろうか？

尻もちを着きながらも少し冷静さを取り戻した小次郎は押し入れの中の女の子に話しかけてみた

お嬢様、僕と一緒に明け方のコーヒーなど如何ですか？などと聞く訳にもいかない、なんせ相手はまだ幼女
カフェインは身体に悪い、いやっそういう問題じゃ無く。

「お嬢ちゃん、ここで何してるのかな？パパとかママは一緒じゃ無いのかな？」

一緒に親が押し入れから出て来た日にゃ、それこそビックリだが、確実に引き出しから出て来たドラえもんを超えるだろう。

しかし女の子の返事は無かった、寝ているのか？なんせ薄暗くてよく見えない、小次郎は四つん這いに成って少し押し入れに近づいてみた、成る程女の子は瞳を閉じていた、長いまつ毛をぱちりと上げて今にも起き出して来そうな寝顔である。

可愛いな。

しかし何か妙なのである、小次郎は意を決したように更に前へ進み出て、女の子の顔の目の前にまで自分の顔を近づけてみた

あっこの子、呼吸ををしてない！死んでる！こっ、これは死体遺棄事件じゃねぇかよ！
俺は知らないぞ幼女殺害死体遺棄事件とか新聞やテレビ、ネットニュースのトップ記事になっちまうじゃねーか

いやいやいやっ、小次郎君もう一度よく見てみようよ、読者や作者が口を出すのも何だが、ホラこんなパターンの時はあれでしょ定番、よくある定番の、古い日本・・

あれっ、これよ～く見たら日本人形だ、なぁーんだビックリさせやがって、タコ助が。

小次郎が勘違いしてしまうの無理はなかった、その日本人形は容姿も然る事ながら、全身から精気を発しているのである、その様子は座って居ると言うよりも、神霊や魂がそこに鎮座し宿って居る、そんな光景なのである。

暫く日本人形の顔を眺めていた小次郎は、ハッと気が付いたように立ち上がり、一気に洋室のパソコンデスクまで走った

「あの日本人形はもしかしたら・・」

パソコンが起動し立ち上がる時間すらもどかしかった、早く、早く起動しろ、小次郎はモニターに向かい声に出していた。
起動と同時に小次郎は素早くキーボードを叩き複数のサイトを検索していた。

「やっぱりそうだ」小次郎は思わずそう口にしていた。

「これは、二万八千円、この古いの人形は八万八千円！

えっ！いや待てよ、いち、じゅう、ひゃく、せん、違う、二十万八千円に八十八万円！
すげぇ、これなんて三百五十万円だ！」

日本人形の中古相場、オークションサイトなどを片っ端から検索しまくったのである。

「これがオークションで七百万円だろ、なんだよ、うちの子の方が全然可愛いし、更にどれもこれもショーケースに入る様なサイズばかり、うちの子は等身大だぜ」

いつの間にか、うちの子に成っている。

ドン！

その時玄関で音がした、ドアを叩く音である、その音は更に続いたドンドンドン、立て続けに３回、しかもかなり強い力で
叩いているのである、小次郎はおかしいと思った、この家の敷地の入り口には誰もが気が付く様な位置にインターホンが
着いているのである、いきなり敷地の門を開け玄関前まで来てドアを叩く人など普通は居ないはずだ、しかもこんな真夜中に。

小次郎は玄関に近づき外の気配を探ってみた、再び外から戸を叩く音がした、ドンドンドン

ドアを１枚隔てただけの間近でその音を確認し小次郎は確信した、明らかにおかしい不自然なのである、そのドアを叩く音は
ドアノブよりも低い位置で叩かれているのだ、それはまるで小さな子供がドアを・・そこまで考えた時、小次郎の背筋にゾクッとした寒気が走った、まるで小さな子供、そうあの押し入れの中の日本人形を思い浮かべたのである。

いやっそんな非現実的な事など有り得ない、しかし流石に小次郎も今再び押し入れの中を確認しに行く気もドアを開ける勇気も持ち合わせては居なかった。

そうだ、和室の窓から玄関先が見えるはずだ、そう和室・・いやいや押し入れを開けっ放しだし、もしもそこにあの日本人形が無かったら・・・

先程和室で日本人形を見た時には無かった恐怖が小次郎の中で徐々に膨らんでゆく。

小次郎は湧きあがって来る恐怖を掻き消そうと行動に出た、電気だ、玄関のドアはサッシの濃い曇りガラスだ
玄関内側の電気を消し、玄関外、軒下の電気を点ければ外側の様子、人のシルエットが浮かび上がるはずだ。

そう思い立ち電気のスイッチパネルに触れたが、しかし指先は直ぐには動かせなかった。
もしも玄関ドアの向こうに日本人形のシルエットが浮かび上がったら、そう考えると指先が震えた、
くっそーう俺も男だ！行ったれ小次郎！
そうは言いつつも二つ同時には怖くて押せなかった、まずは玄関外の電気を点けてみた、意を決し内側の電気を
消そうとした時だった。

「おっ電気が点いた、なぁーんだ小次郎起きてるんじゃねぇーか」

隆行の声である、ガラリと玄関ドアを開け放ってみた、そこにはだらしなく胡坐座りで頭を垂れたまま、こちらを
見上げる事も無くノックの為に手首をまるで招き猫の様にトントンと叩く仕草をした隆行が居た、だいぶ酔っぱらっている
様子だ。

ホッとしたと同時に、その分ワナワナと怒りが込み上がって来た、拳の1つや２つお見舞いしてやろうかと思った矢先、
ハイとばかりに何か箱を差し出して来た。

「なんだよコレ？」

「ケンタぁ～君、ケンタッキーのケンタ君」

酔っぱらった隆行の説明によると、何でもご指名キャバ嬢のレイナちゃん(知るか！タコ助)が好きなケンタッキー
セットを持って店に行ったが、レイナちゃんがあいにく休みで、代わりに席に着いた紅葉と書いてクレハちゃんと読む入店したての嬢が着いてくれましたと、次に行った時にレイナちゃんと紅葉ちゃん、どっちを指名したらいいか悩むほどに話が盛り上がり・・まっこの先は以下省略として、紅葉ちゃんはダイエット中なんでケンタ君をご遠慮されましたと、そこで俺に引っ越し祝いとして持って来てくれたと、こう言う訳ですね。

いやぁ～持つべきものは友ですね、って！そりゃどーもご馳走さま！

それじゃぁおやすみと帰り掛けた隆行を小次郎は引き留め、今有った一連の話を簡単に説明した、隆行も押し入れに
そんな物は無かっただろと言いつつも、酔った足取りで押し入れの所まで来て確認してくれた。

そこには先程と同じようにちょこんと座ったままの状態で日本人形が有った、有ったと言うより居たという表現の方が
ピッタリなのである、自分も何を考えてたんだろうか、いくら生きているように見えても歩いて窓から出て玄関をこの人形が
ノックする訳が無いじゃないか、小次郎は先程の自分の動揺が恥ずかしく成って来た。

「何も無いじゃん？」そう隆行が小次郎に言った

えっ、今俺達の目の前、押し入れの下段にこんな大きな女の子の人形が座ってるじゃないか、そう幾ら説明しても
隆行は納得しない

「酔っぱらってるからだろ」小次郎と隆行がそう同時にハモル結果となった。

見えてないのか、自分の目にはこんなにハッキリと見えているのに、隆行はホラ何も無いじゃないかと四つん這いに成り
押し入れの中で片手を振ってみせる。

あっ！隆行の手が左右に触れる度、そこに何も無いかの様に日本人形をすり抜けて行くのである、隆行がタンス内へ頭を
突っ込んでみたが、日本人形の中へ消えてゆく、それは超高性能、リアルな３Ｄ立体ホログラムを見て居るようだった。

「お客さーんまだですかぁ」

玄関先で声がした、隆行が自宅へ帰る途中にタクシーを待たせたまま小次郎の家を訪ねていたのである、小次郎は渋る
タクシーの運転手の手を引っ張り和室へ連れて来て日本人形を見せた。

「ほらっ運転手さん、ここにありますよね可愛い日本人形が」

運転手にしてみたら、隆行という酔っ払いだけでも手を妬いていたのに勘弁してくださいよと言う様なしかめっ面で
小次郎を見ながらこう言った、何もありませんよ、お客さん達いい加減にしてくださいよ。

小次郎は未だその現実が受け入れられず、スマホを取り出し日本人形を映して見せようとした、画面をカメラモードに
して目の前の日本人形を被写体としてレンズを向けた、小次郎はスマホのモニターを見て愕然とした、そこには薄暗い押し入れが見えるだけで日本人形が無かった、今目の前に見えているのに、スマホのモニターには何も無い、隆行の目にも
タクシーの運転手にも日本人形が見えて無いのである。

小次郎は何度もスマホのカメラを連写してみた。

しかに全ての画像は、ただ薄暗い押し入れが写っているだけであった。

■ああ池袋我が家は時空のスクランブル交差点■【第二章[3]】