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【第2章】

[２]

【小次郎家　間取り図面】

小次郎はその一軒家の前に立ち、うーんと一声うなり声を上げていた。

「想像を超えたか」

「うん、遥かに超越した」

案内役として同行して来た親友の小堀隆行と物件を見に来てみたのだが、まぁ多少は覚悟はして来た物の、昭和50年代の建築で既に築50年近く経過している、半世紀である、しかも平成時代の期間は全く誰も済んだ事が無いらしく、その間転々と所有者が変わり５年ほど前に隆行の父である小堀重則が買い取り今に到って居るらしかった。

敷地に入ってすぐ、正面には庭が広がって居るのだがここが駐車スペースとして使用できる【はずで有る】
なぜハズ？でクエッションマークが付くのかは今目の前でこの光景を見て居る小次郎と隆行には一目瞭然であった。
ここは池袋だからだろうか、ビックカメラか？はたまたヤマダ電器かとばかりに、無数の洗濯機や冷蔵庫、扇風機にコタツ
、加湿器や空気清浄機まだまだ有ります電気ストーブ、コンロに炊飯器、テレビ、自転車、三輪車、とにかくなんでも御座れと来たもんだ。

これら全てがとても使えないような不法投棄、ゴミの山なのである。

「小次郎、ビックやヤマダと言うより、ドン・キホーテぽくねっ」

んなもの、どっちだっていいのである。

敷地の入り口の門も１年３６５日２４時間営業！フルオープンで、どなた様でもいらっしゃいませぇ～♪のサービ精神旺盛な
状態である。

この粗大ごみの山は隆行が２ｔトラックを手配してくれるというので二人で産廃業者、スクラップ屋へ持って行って処分する事にした、産廃処分するにはコストも掛かるが、コツコツと自分でバラしたりして置けば、鉄やアルミはスクラップ業者へ持って行けば多少なりとも金には成るだろうとの事だった。
今は少しでも出費を押さえたい所である。

「親父も、小次郎のおやじさんが亡くなってからスッカリやる気を無くしてしまってさ、こんな感じだ」

隆行と叔父さんも言っていたが、少し目を離せばこんな感じで不法投棄も多いし、近頃じゃお役所も煩く成り何十年も誰も住まない廃屋で、しかも不法投棄だらけ、放火や建物倒壊の危険性から行政指導が入ってしまったりするらしかった。

つまり小次郎が住む事によってその点はクリアー出来るし、管理人、番人にも成るって訳である。

古びた玄関は一応サッシでは有るが、今どき曇りガラスの開き戸作りだった、幸いなのは庭とは違い建物内は小まめに手入れがしてあったみたいで、住む分には特に支障が無さそうだ、但し後々民家風のカフェバーに改築する予定だったのでリフォームは手付かずで設備などは当時の状態である、この辺は株で利益を出してコツコツとリフォームして行こうかと思っているから問題無し。ただエアコンが無いのは厳しいのでこれは直ぐにでも設置しようかと小次郎は計算に入れて置いた。

玄関入を入って右側西面に５帖と８帖の洋室が有るのでここを自分の居室とトレーディングルームとして使用することにした。
現在のアパートが１Ｋ物件なのでここだけでももう十分な広さだ、あと１階だけでもキッチンと６畳4.5畳半の部屋が有るのだから、1人暮らしには広すぎる。

隆行がパッキンの交換など水回りを見て回ってくれている間に、小次郎は２階を確認してみる事にした。

ギシッ　ミシッギシッ

まぁ階段が抜けるという事は無いのだろうが、１段昇るたびにギシギシと所々音を立てていた、階段を上がると突き当り
右側が２階の入り口だ、ドアノブに手をやりガチャリと開けてみた、２階はさして広くも無く四畳半の洋室と和室が続き部屋に成っている、東南西にサッシ窓があるからとても明るく南西にはバルコニーがあって特に西面のバルコニー、と言うよりは
物干し場かな、こちらはかなり広くてテーブルやパラソルも置けそうである。

ビーチマットでも持ち込んで、ビールを片手に日焼けするのも悪くは無いか、などと心はリゾート気分である
どちらにせよ１階だけでも居住スペースとしては充分過ぎる程だ、まず２階を使用するは無いだろうと考えながら
小次郎はバルコニーから和室の四畳半を通り階段を降りる為に洋室へと入った、とっその時である

「えっ！なんだ」

洋室の室内の様子はさき程と何も変わりはしなかった、初夏の陽射が南の窓から明るく差し込んで居る
白を基調とした室内は所々色あせては居るが、とても明るく清潔感がある。

しかし何かが変なのである、２階へ上がり最初にこの部屋へ入った時とは明らかに何かが違っていた
小次郎は直ぐにそれに気が付いた、音が全く無いのである、そして空気が流れていないというのか、室内の空気が動いていない感じと言うべきか、まるで完全密封された四角い防音硝子の中に閉じ込められてしまった様な感覚
、室内と言うよりは何かの空間？この明るい部屋も更に何かのフィルターを通して見たように何処か不自然に輝いている様な感じさえするのである。

無音・・小次郎は自分の耳を疑おうとはしなかった、耳は正常で本当に無音なんだ、何故かそう確信していた。
不思議な事に特に恐怖心は湧き起こらなかった、それよりも心の中に生じたこの感覚、この感じは何だったろうか
、心に引っ掛かる何か、それを考えながら小次郎は１階へ戻る為に洋室のドアを開けた

ドアを開けた瞬間、ドッと空気が一気に変わり洋室の室内へ気流と成って流れ込んで行くのが分かった
現実の世界へ戻って来た、そんな印象である、１階から隆行の叫び声が聞こえて来た。

「おわぁぁ！小次郎ぉ雑巾！雑巾」

バシャバシャと水が噴き出す音と共に隆行の悲鳴とも聞こえる声がする、給水管と挌闘中の様である

「小次郎ぉぉ雑巾はやっぱり後だ！バルブ！給水管のバルブを閉めてくれぇぇ！」

最初から閉めてから始めりゃいいものを等と考えながら小次郎はギシギシと音を立てる階段を駆け下り玄関を出て
給水バルブを探した、給水栓のボックスは玄関前の石畳の上で直ぐに見つかった、古い鉄扉を開け中から出て来たバルブを廻す、んっ廻す・・ま・わ・せば、止まるっ！

そう廻れば止まるのである、がっ！廻らないのである、長年の錆の為なのか、はたまた神の悪戯か、力いっぱい廻そうにもピクリとも動かない。
開け放った玄関ドアの中、室内からは隆行の悲鳴と化した叫び声が聞こえて来る。

「こっ！小次郎ぉぉぉぉまだか小次郎ぉぉぉ」

そうだ、こんな時は廻して駄目なら、叩いてみる！これだ、小次郎はその辺から拳大の石を拾って来て動かぬバルブを
カンカンと真上から叩いてみた、おっなんか感触がいいかも、とっ思った瞬間であった、バキッと鈍い音と共に小次郎の目の前に勢いよく噴水が噴き上がった。

「小次郎ぉ止まった、無事に水は止まったぞぉ、もう安心だ」

室内から隆行の嬉しそうな声が聞こえて来た。

そりゃ止まるだろう、なんせ建物への引き込みパイプを根本から折ってしまって居るんだから。

小次郎と隆行が並んでびしょ濡れの体で庭先に腰掛け煙草の煙を吹かしている

「池袋駅から徒歩１２分一戸建て、庭には噴水、プール付き、凄げぇな」

「どちらかと言うと池じゃね」

「錦鯉でも飼ってみるか」

相変わらず噴水は地中から勢いよく噴き出したままである、隆行が水道局へ連絡を入れ水道屋が来るまでは盛大な水柱ショータイムを眺めて居る事と成りそうであった。

夏場で良かったよな、そんな隆行のセリフが隣から聞こえて来る、勢いよく噴き上げる水柱の向こう側、初夏の陽射を浴びて綺麗な虹が見えていた。
小次郎は煙草の煙をゆっくりと吹きだしながら、おぼろげに虹を眺めていた、ふっとその時、小次郎の脳裏に１つの思いが過ったのである。

あの２階の室内で感じた感覚、どこかで感じた事のあったあの雰囲気を思い出したのである。
そうだ、思い出した、初めて好きな女の子の部屋へ入れて貰った時のあの何とも言えない感覚だ・・・
小次郎は片手で陽射を避けながら、なんとなく２階へ視線を向けてみた、初夏の陽射で屋根は眩しく光っていた。

背後で複数の人々の気配がして来た、敷地の入り口の所で何事かと近所の人達が集まって来た様子だ。
引越し前なので、まだ挨拶用の菓子折り等は用意はしていなかったが、謝罪と状況説明を兼ねて小次郎と隆行は忙しそうに説明と挨拶に追われていた。

東城小次郎家の船出であった。

■ああ池袋我が家は時空のスクランブル交差点■【第二章[２]】