「本当なら。」
「本当だったら。」
と、僕たちはよく言う。
本当なら、僕と君は付き合ってた。
本当だったら、私が彼の手を握っていた。
本当なら、本当だったら…。
本当なら、僕が、君を抱いた。
本当なら、僕と君は別れちゃいない。
本当なら、もうすこしまともに生きられたんじゃないか。
本当なら、君を泣かせることもなかっただろう。
本当なら、淀川の花火大会行けたのにな。
本当なら、君と結婚していたのかもね。
本当なら、本当だったら…。
逃げるな!
目の前にある、今だけが本当なのさ。
目を逸らすな。
彼女のほうが悲しいさ。
だから、既にやさしくするべきではない。
ありがとう、も言うべきではない。
いつも、いつも、
最後のメールは敬語でやって来て、
会うのもあれだし、やっぱり荷物は送ります
はい、私もなんとか頑張ります
じゃ、今までありがとう、色々困らせてごめんね
さよなら
体温を感じない、
指先を伸ばしても届かない、
もう名前を呼べない、
寂しがり屋の彼女との物語はもうこれで終わり。
酔ってすぐ電話してきて、甘えてくるのすきだったな。
本当なら、
本当なら、
俺はうまく君を愛せたんだろうか。
形式ばったセックスを終えたあと、僕はコンドームを外してティッシュにくるんでくずかごに投げた。
彼女は、寝転んだまま手でリモコンを探し当て、エアコンのスイッチを消した。僕はなにも言わず扇風機のスイッチを入れて、立ち上がり窓を開けた。
すべて、形式と化している。
外は晴れていた。ひぐらしが鳴いていた。日は傾きつつあった。
「天国じゃ、みんな海の話をするらしいぜ」
と、窓の前で外の電柱に止まった蝉をぼんやり見ながら言った。
「なに?」
「つまりさ、海に行こうってことだよ。」
「わたしに死ねって言うこと?」
(ばかか、こいつ。)
彼女に振り返って僕は言った。
「天国じゃ、みんな、海の、話を、する。
かっこいいじゃん。海に行こう、とただ誘うよりはベターだと思ったんだ。」
「ふーん。」
彼女はそう言いながら、寝返りをうって、彼女の顔はたちまち僕の視界から消えて、根元が黒くなった茶色(お上品な言い方をするならば、子供のころデパートで食べたお子様ランチに鎮座するプリンのような)の髪しか見えなくなった。
僕は喋る気をなくして、ベッドに腰掛けて煙草に火を付けた。
外はひぐらしが鳴いていた。扇風機が煙草の煙と生ぬるい風をかき回すように首を振っていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
というような気分なのです。
彼女は、寝転んだまま手でリモコンを探し当て、エアコンのスイッチを消した。僕はなにも言わず扇風機のスイッチを入れて、立ち上がり窓を開けた。
すべて、形式と化している。
外は晴れていた。ひぐらしが鳴いていた。日は傾きつつあった。
「天国じゃ、みんな海の話をするらしいぜ」
と、窓の前で外の電柱に止まった蝉をぼんやり見ながら言った。
「なに?」
「つまりさ、海に行こうってことだよ。」
「わたしに死ねって言うこと?」
(ばかか、こいつ。)
彼女に振り返って僕は言った。
「天国じゃ、みんな、海の、話を、する。
かっこいいじゃん。海に行こう、とただ誘うよりはベターだと思ったんだ。」
「ふーん。」
彼女はそう言いながら、寝返りをうって、彼女の顔はたちまち僕の視界から消えて、根元が黒くなった茶色(お上品な言い方をするならば、子供のころデパートで食べたお子様ランチに鎮座するプリンのような)の髪しか見えなくなった。
僕は喋る気をなくして、ベッドに腰掛けて煙草に火を付けた。
外はひぐらしが鳴いていた。扇風機が煙草の煙と生ぬるい風をかき回すように首を振っていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
というような気分なのです。
ビルの屋上のフェンスを越えた。
もちろん、きちんと揃えた皮靴の横に遺書を添えて。
右足と左足の間から覗く、豆のような車、米粒のようなひと。足の指先から来る痺れが頭のてっぺんまで登って来る。手のひらがじと、と汗をかいて握りしめたフェンスと指を今にも離してしまいそうだ。ごく、と唾を飲んで片手でネクタイをゆるめて、それと同時に手を放して、足を前に出した。
下からの風が鼻先をかすめて、あっという間に目の前が真っ暗になったー。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
気がつくと、知らない公園にいた。
陽は傾いて、すべり台の影を伸ばしている。ぶらんこは風もないのに揺れている。
「俺はなぜこんなところに?」
わけも分からないまま、あたりを見回した。
「ここは…」
間違いない、ここは子供のころいつも遊んだあの公園だ。しかしなぜ?おかしい、なにかがおかしい。ここは、この公園は、俺が小学生を卒業する年に更地にされて、次の年にはマンションの一角になったはずだ。
頭がくらくらした。そうか、俺は夢を見ているんだ。走馬灯ってやつか、若しくは飛び降りてる最中に気を失って夢でも見てるんだ。
はやく死にたい、と思って飛んだのにどうやら死ぬのも時間がかかるらしい。
気がつくと、足元に子犬がいた。
尻尾の先はちぎれていて、前足のところどころには毛が生えていない。
「おまえは…」
中学生のころ、拾って来た子犬。名前は清十郎。飼うことを父さんはあっさり許してくれたけど母さんは許してくれなかったっけ。あの寒い冬に死んだ、清十郎。
足に頬ずりしてくる清十郎を抱き上げた。
とぼとぼとそこを歩いた。
ひぐらしが鳴いている。
母さんがはじめて買ってくれた時計。すきなバンドのサイン入りのCD。お気に入りで履きつぶしたスニーカー。はじめてオナニーした辞典のような厚さのエロ本。はじめての彼女がくれたマフラー。初恋のひとがくれた梅味のガム。自分の名前を彫った中学校の机。おさないころいつもそばにあったじゃじゃ丸のぬいぐるみ。ディズニーのビデオ。あの子と二人乗りした自転車。ヨレヨレになったTしゃつ。父さんと最後に釣りに行った時の釣竿。
全部全部俺が忘れていたものだった。
それと同時に、とてもとても大切にしていたものだった。
ひぐらしが鳴いている。
ぶらんこが揺れている。
ぶらんこに誰かが乗っている。
俺は言葉を、なくした。
言葉をなくした俺のかわりにぶらんこがキーキー音を立てて、乗っている「誰か」が笑った。
さやか、だった。俺の生きる希望だった。
今日葬儀が終わった俺の彼女だった。
「どう…して?」
さやかは勢いよく漕いだぶらんこから、飛んだ。花びらが舞う様に体が宙に浮いて、やがて着地し、俺に振り向いてこう言った。
「あなたは忘れてもいいよ。」
「あなたが私たちを忘れたって、私たちはあなたを忘れないわ。」
言葉が出ない、たださやかの口から、もう聞こえないと思っていた彼女の声が形作られるのを眺めていた。目に涙が浮かんでぼやけているが。
「あなたは、あなたは私たちを大切にしてくれたもの。だから私たちはあなたを忘れない。」
「辛いときに、ふっと思い出してくれれば私たちは幸せなの。私はあなたがどんなキスをするのか、どんな風にしたら機嫌を損ねるのか、どんな時に目を細めて幸せな顔するか、どうやって女の子を抱きしめるのか知ってる。そのわんちゃんは、あなたがどんな風に小さな動物を慈しむか知ってる。時計は、あなたがいつ時間を正確に読める様になったか知ってる。ほかのものたちも一緒。あなたと一緒に歩いて来たんだから。」
涙が止まらなかった。
「私たちが付いてる、私たちはあなたを大切に思ってる。だからどうか悲しい選択はしないで。」
いつのまにか抱いていた清十郎がいなくなっていた。まわりのものたちも消えていた。
ひぐらしは鳴きやんで、ぶらんこは揺れるのをやめていた。
さやかも、消えていく。
「待ってくれ…!」
「いつだって会えるわ、ありがとう。愛してるわ、あなたを。」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
気がつくと、汗ばむ手でフェンスを握っていた。目下には、足がすくむような景色が広がっている。フェンスを飛び越えて、深呼吸をした。動悸はまだ治まらないが、気持ちは穏やかだった。
思い出は時に、足枷になる。
だけど多くの場合、きっとそれは味方だ。今までの俺を形成してくれたんだ。いい思い出も、悪い思い出も、全部ふまえて、俺なんだ。
靴を履いて、遺書を破った。
そして、「ありがとう。」と呟いて、それをビルの屋上からばら撒いた。
ひぐらしが鳴いている。
もちろん、きちんと揃えた皮靴の横に遺書を添えて。
右足と左足の間から覗く、豆のような車、米粒のようなひと。足の指先から来る痺れが頭のてっぺんまで登って来る。手のひらがじと、と汗をかいて握りしめたフェンスと指を今にも離してしまいそうだ。ごく、と唾を飲んで片手でネクタイをゆるめて、それと同時に手を放して、足を前に出した。
下からの風が鼻先をかすめて、あっという間に目の前が真っ暗になったー。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
気がつくと、知らない公園にいた。
陽は傾いて、すべり台の影を伸ばしている。ぶらんこは風もないのに揺れている。
「俺はなぜこんなところに?」
わけも分からないまま、あたりを見回した。
「ここは…」
間違いない、ここは子供のころいつも遊んだあの公園だ。しかしなぜ?おかしい、なにかがおかしい。ここは、この公園は、俺が小学生を卒業する年に更地にされて、次の年にはマンションの一角になったはずだ。
頭がくらくらした。そうか、俺は夢を見ているんだ。走馬灯ってやつか、若しくは飛び降りてる最中に気を失って夢でも見てるんだ。
はやく死にたい、と思って飛んだのにどうやら死ぬのも時間がかかるらしい。
気がつくと、足元に子犬がいた。
尻尾の先はちぎれていて、前足のところどころには毛が生えていない。
「おまえは…」
中学生のころ、拾って来た子犬。名前は清十郎。飼うことを父さんはあっさり許してくれたけど母さんは許してくれなかったっけ。あの寒い冬に死んだ、清十郎。
足に頬ずりしてくる清十郎を抱き上げた。
とぼとぼとそこを歩いた。
ひぐらしが鳴いている。
母さんがはじめて買ってくれた時計。すきなバンドのサイン入りのCD。お気に入りで履きつぶしたスニーカー。はじめてオナニーした辞典のような厚さのエロ本。はじめての彼女がくれたマフラー。初恋のひとがくれた梅味のガム。自分の名前を彫った中学校の机。おさないころいつもそばにあったじゃじゃ丸のぬいぐるみ。ディズニーのビデオ。あの子と二人乗りした自転車。ヨレヨレになったTしゃつ。父さんと最後に釣りに行った時の釣竿。
全部全部俺が忘れていたものだった。
それと同時に、とてもとても大切にしていたものだった。
ひぐらしが鳴いている。
ぶらんこが揺れている。
ぶらんこに誰かが乗っている。
俺は言葉を、なくした。
言葉をなくした俺のかわりにぶらんこがキーキー音を立てて、乗っている「誰か」が笑った。
さやか、だった。俺の生きる希望だった。
今日葬儀が終わった俺の彼女だった。
「どう…して?」
さやかは勢いよく漕いだぶらんこから、飛んだ。花びらが舞う様に体が宙に浮いて、やがて着地し、俺に振り向いてこう言った。
「あなたは忘れてもいいよ。」
「あなたが私たちを忘れたって、私たちはあなたを忘れないわ。」
言葉が出ない、たださやかの口から、もう聞こえないと思っていた彼女の声が形作られるのを眺めていた。目に涙が浮かんでぼやけているが。
「あなたは、あなたは私たちを大切にしてくれたもの。だから私たちはあなたを忘れない。」
「辛いときに、ふっと思い出してくれれば私たちは幸せなの。私はあなたがどんなキスをするのか、どんな風にしたら機嫌を損ねるのか、どんな時に目を細めて幸せな顔するか、どうやって女の子を抱きしめるのか知ってる。そのわんちゃんは、あなたがどんな風に小さな動物を慈しむか知ってる。時計は、あなたがいつ時間を正確に読める様になったか知ってる。ほかのものたちも一緒。あなたと一緒に歩いて来たんだから。」
涙が止まらなかった。
「私たちが付いてる、私たちはあなたを大切に思ってる。だからどうか悲しい選択はしないで。」
いつのまにか抱いていた清十郎がいなくなっていた。まわりのものたちも消えていた。
ひぐらしは鳴きやんで、ぶらんこは揺れるのをやめていた。
さやかも、消えていく。
「待ってくれ…!」
「いつだって会えるわ、ありがとう。愛してるわ、あなたを。」
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気がつくと、汗ばむ手でフェンスを握っていた。目下には、足がすくむような景色が広がっている。フェンスを飛び越えて、深呼吸をした。動悸はまだ治まらないが、気持ちは穏やかだった。
思い出は時に、足枷になる。
だけど多くの場合、きっとそれは味方だ。今までの俺を形成してくれたんだ。いい思い出も、悪い思い出も、全部ふまえて、俺なんだ。
靴を履いて、遺書を破った。
そして、「ありがとう。」と呟いて、それをビルの屋上からばら撒いた。
ひぐらしが鳴いている。
