お菓子の世界で「おいしさイナズマ級!」のキャッチコピーと共に、その名を轟かせる「ブラックサンダー」。この国民的チョコレート菓子を生み出した有楽製菓株式会社の魅力と、その歴史をご紹介したいと思います!
今日は、あのお手軽で美味しいお菓子の秘密に迫ります。そう、年間2億本以上を売り上げる大人気チョコバー、ブラックサンダーです!
この大ヒット商品を作っているのは、有楽製菓株式会社。その概要と、波乱万丈な歴史を深掘りしてみます。
会社概要:夢と安さを追求する老舗メーカー
有楽製菓は「夢のある安くておいしいお菓子を創造する企業を目指します」を経営理念に掲げる、老舗の菓子メーカーです。
会社名 有楽製菓株式会社
創業 1955年(昭和30年)3月
本社所在地 東京都小平市(創業地は世田谷区)
主な事業内容 チョコレート製品などを中心とした菓子の製造・販売
主力商品 ブラックサンダー
創業は戦後の混乱が落ち着き始めた1955年、東京都世田谷区での設立から始まります。その後、1962年に本社と工場を小平市へ移転。創業以来、リーズナブルな価格で質の高いお菓子を提供することにこだわり続けています。
波乱万丈!シンデレラストーリーを歩んだ「ブラックサンダー」
創業と地盤固め
1955年の創業後、1979年には愛知県豊橋市に工場を開設し、製造拠点を強化します。この豊橋工場が、後にブラックサンダーの主要な生産拠点となり、「豊橋銘菓」と呼ばれるほど地域に愛される土壌を作ります。
1994年
ブラックサンダー誕生と苦戦の時代
ブラックサンダーが初めて発売されたのは1994年。発売当初は販売不振に苦しみます。当時の主力商品だった「チョコナッツスリー」の牙城を崩せず、なかなか売上を伸ばすことができませんでした。
2000年代
学生生協からの大ブレイク!
潮目が変わったのは2000年代に入ってからです。
2004年頃
関西地区の大学生協で人気が爆発。安くて美味しく、エネルギー補給にぴったりという点が学生に支持され、「売上ナンバー1」になる生協も現れました。
この口コミ人気を背景に、大手コンビニエンスストアへの販路も拡大し、徐々に「国民的チョコレート菓子」としての地位を築き始めます。
2008年
体操選手の一言で「嬉しい悲鳴」
一時的に品切れが続くほどの社会現象を巻き起こしました。この出来事が、ブラックサンダーを全国区へと押し上げる大きなターニングポイントになりました。
近年の躍進
豊橋夢工場と戦略的なPR
2011年
愛知県豊橋市に「豊橋夢工場」**を竣工。生産能力を大幅に強化し、国内外の需要に応える体制を整えました。
2013年
「義理チョコキャンペーン」など、ユニークで時代を捉えたマーケティング・PR戦略を展開。特に義理チョコとしての地位を確立したことで、バレンタイン時期の売上を大きく伸ばし、売上規模を一気に拡大させました。
2018年
河合辰信氏が3代目社長に就任。マーケティング部門の立ち上げに携わった若きリーダーの元、さらなる成長を遂げています。
未来へ
地域との連携と新施設
2025年には、ブラックサンダーが「豊橋観光アンバサダー(とよはしアンバサンダー)」に就任し、豊橋夢工場内に工場見学施設「ブラックサンダー ワクザクファクトリー」をオープン予定。
有楽製菓は、お菓子を通して「コミュニケーション」や「楽しさ」を提供し、地域社会にも貢献し続けている企業なんです。
ブラックサンダーの「おいしさイナズマ級!」の裏には、発売当初の苦労や、地道な努力、そして「安くておいしい」への強いこだわりがありました。まさに、逆境を跳ね返したシンデレラストーリーですね!
次回、ブラックサンダーを食べる時は、そんな有楽製菓の熱い想いも一緒に感じてみてくださいね!


