社会人になって以来、わたしには大きなチャレンジがいつも必要でした。それには自分の可能性を開くためというポジティヴな目的もありましたが、もうひとつは自分に深く根ざした無気力と闘うためでした。チャレンジしていなければ、無気力に負けて人生の意味さえ失う恐怖感があったのです。
大学で工学を専攻したわたしが、食品企業に就職し、システム部門から営業支店、さらにパリとロンドンで新たな仕事へチャレンジをしたのもそのためでした。しかし2009年、ロンドンで勤務していたわたしは、次のチャレンジの目標を見つけられずにいました。
2009年10月、子供たちの秋休みを利用して家族が日本へ一時帰国したのですが、わたしは仕事の関係で英国に残りました。
ひとりで迎えた週末、英国南岸の町ブライトンへ車で出かけて次のチャレンジ目標を考えましたが、自分の考えを整理できないまま帰宅しました。夕食後、就職後の人生を振りかえるため、アルバムを床に積み重ねて順番に開いていきました。そのなかに父方の祖父の写真がありました。写真のなかで祖父は介護用ベッドのうえで体を起こし、わたしやわたしの子供たちと写っていました。
祖父は2005年に97歳で世を去りました。1907年に北陸地方の農村に生まれ、その人生の前半は苦労の連続だったのですが、老齢になっても農村の少年の素朴な朗らかさを失わないひとでした。わたしは幼少の頃この祖父夫婦と一緒に暮らしていました。当時の幼いわたしにむけてくれた自然な愛情を、祖父は大人になったわたしにも注ぎつづけてくれました。写真をみていると、その祖父の愛情と素朴な人柄が胸にせまってきました。
そのあともアルバムのページを次々と開いていたわたしは、突然ある考えに動かされてパソコンでネット検索を始めました。
英国には十九世紀以来の伝統をもつスピリチュアリスト協会があり、そこで厳しいトレーニングをうけたミディアムのカウンセリングを誰でもうけられると聞いたことを思い出したのでした。わたしの次のチャレンジについて、そのカウンセリングでヒントを得られるかもしれないと思ったのです。そこで語られる内容はわたしの理性にしたがって受け入れるかどうか判断すればいいのであって、目標を見いだせないでいる自分が失うものは何もないと考えました。
「英国スピリチュアリスト協会」のウエブサイトはすぐに見つかりました。そこに記載されているサービスのうち、わたしが受けるべきなのは「プライベート・シッティング」と呼ばれるもののようでした。シッティングというのは、相談者がミディアムと向かい合って座り、ミディアムが自分の感受したメッセージを相談者に伝えるというものです。相談者からミディアムには一切情報提供しません。
ホームページ上のシッティングの説明に「ミディアムの仕事は生命永続の証拠提供に努めることであって、未来を予言するものではない。」と明記されていました。わたしの目的はまさに未来にあったのでこの趣旨にそぐわなかったのですが、とにかく受けてみることにしました。
