「それで、なんて答えたんですか、所長」
 俺のデスクの周りには人が壁をつくるようにして立っていた。その中心には俺が座っている。
「そりゃあ、簡単にスタッフの個人情報を明かすほどお人好しじゃない」
「でも、相手はそれで納得しなかったし、はるかちゃんがここに来ている事は事前に調べて知っていた。相手の男はその上で正面切ってやってきた。そういうことよね?」
 俺に対して詰問するかのように迫ってくるのはこの事務所の最年長であり受付と経理担当の円まどか(マドカ・マドカ)である。どこかで聞いたことのあるアニメ作品タイトルと酷似しているが、一切関係がない。まさか結婚して名字と名前が一緒になるなど、本人はもちろん周りだって思っても見なかったことだろう。ちなみに旧姓は佐藤である。
「大体この名刺だって怪しいですよねぇ…」
 そう言って1枚の名刺に目を落としている長身で金髪の若者。彼の名は縣誠一郎(アガタ・セイイチロウ)。現役の大学生で、アルバイトとしてここで働いている。
 誠一郎のもっている名刺は、さっきまでいたさえないストーカー男(会えてそういう言い方をさせてもらっている)が置いていったものだ。そこそこ名の知れた会社の課長代理、ということになっている。名前は木村六郎(キムラ・ロクロウ)。まさかの6男坊なのかは聞きそびれてしまったので確認は取れていない。
「それで、勝手にこの木村何がしははるかちゃんを追っかけまわしてるわけね」
 と、少し離れた所から声がした。
坊主頭にメタルフレーム眼鏡をかけた体育会系男子。見た目は強面だが実はオネエキャラという真東淳吉(マヒガシ・ジュンキチ)。左耳と鼻に開けたピアスがチャームポイントだと信じて疑わない。
「追いかけまわしている、というのは正確じゃないな。木村は真剣にはるかが自分の彼女だと言っている。ただ最近になって気になってることがあるそうだ」
「気になること?ストーカーが言いそうなことだな」
 誠一郎が手にしていた名刺をデスクに置くと、扉に向かって歩き出した。
「ちょっと誠一郎、どこ行くのよ」
 淳吉が呼び止めようとするが、誠一郎は意に介す様子はない。
「ストーカーが万が一変な行動とってもらっちゃこっちとしても厄介だからな。ちょっくら様子を観に行ってくる」
「お願いね、誠一郎くん」
 まどかさんは心配そうだ。誠一郎はバイクのヘルメットを手に取ると外に駆け出して行った。俺は時計に目をやる。はるかが学校から帰ってくるころだった。木村がここを知っているということは、おそらく学校についても調べは済んでいるはずだ。何を考えているか全く分からない相手だけに、行動がつかみづらい。誠一郎を向かわせることは不安材料を少しでも減らすにはちょうどいいと思っていた。
「所長、話が途中だったけど、木村が言っていた気になることって何なのよ」
「木村が言うには、最近遥かの様子がおかしな時があるんだって言っていた。普段とは違う、凶暴な一面を見たっていうんだ」
「それって、ひょっとしたら…」
 まどかさんは息をのむ。その場にいた全員が思い当たることがあった。
「まさか木村の奴、はるかに双子の妹がいるって事知らないんじゃないの?」
 そう。普段から物静かなはるかには、男勝りで粗暴な双子の妹、かなたがいる。