目の前に扉があります。
しかし、その扉には鍵がかかっています。
ドアノブを回しても、扉は当然のことながら開くことはありません。
 あなたの手には鍵の束が握られています。
その数は50個です。根気良く、ひとつずつ鍵穴に差し込んで行きますが、なかなか合わないのです。
困ったな、と思いました。
 時間がない、そう思ったのです。
何故だか、時間に追われていたのです。焦れば焦るほど手が震え、一度入れたはずの鍵をまた鍵穴に差し込もうとしてしまったり、鍵の束を落としてしまったりと余計に時間がかかってしまいました。
 困ったな、困ったな、困ったな…頭の中はもう「困ったな」がぐるぐる回っているだけです。
 次の瞬間、鍵穴がどんどん小さくなるではありませんか。時間切れの合図です。ついに声を上げて泣き出します。もうそれは、わんわんと声を上げて。
 恥ずかしいとか、そんなことは思いませんでした。無性に悲しかったから。辛かったから。
 ついに鍵穴は完全になくなってしまいました。呆然としながら、扉を見つめます。空いてくれ、開いてくれ…呪文のようにくれ返します。
 力任せに扉を引いても、もちろん押してもびくともしません。
 ついに力尽きてへたり込んでしまいました。
 どれだけの時間、そうしていたことでしょう。ふと見ると、扉の足元に鍵穴があるではありませんか。
 まさか、とは思いました。でもひょっとして、とも思いました。意を決して、鍵穴に鍵を差し込んでいきます。
 10個、20個、30個。なかなか鍵は開きません。やっぱり無理かもしれない、と思ったちょうど50個目の鍵。
 カチリ、と音がします。あ、開いた!喜びのあまり飛び上がって喜びます。やっと努力が報われたのだと思いました。
 慎重に、しかし力強く扉を開けていきます。扉の向こうに会ったのは、とっても広い部屋でした。端から端まで、歩いて10分はかかるような、もうこれは部屋とは言えないくらいの広さです。
 天井はとても高くて、床には明るい色のカーペットが敷いてあるので、間違いなく大きな大きな部屋であるようです。
 よく目を凝らすと、部屋の端にここと同じ扉がいくつもいくつも見えました。そして今度は、地面に無数の鍵が落ちているのです。その数は無数にあって、いくつか数えることができないくらいです。
 迷いましたが、じっとしていてもはじまりません。まずは鍵をひとつひとつ拾い始めます。
 扉にはなかなか近づきませんが、一歩ずつ、一歩ずつですが、前に進もうと思いました。
きっとその扉の向こうには、きっと素敵な世界があると信じて。
 ひとつひとつの鍵を拾いながら、時々前を確認したり、後ろを見たりたり。鍵を取りこぼすこともあるかもしれないから。
 でもきっと、この鍵を拾い終わったら、また鍵穴に鍵を差し込むことになることは、分かっていました。でも、それをやらなければ先に進めない事も何となく分かっていたのです。
 時々疲れて腰をおろしながら、端の扉を目指します。ひとつひとつの扉の間隔は、歩いて10分はかかりそうです。
 それでも、無限に続かない事は分かっていました。ひとつずつ確かめたていけばいいのだと思いました。


 鍵を拾い、周りを見渡し、扉の位置を確認したりしながら、今日もまたひとつ、扉の鍵を開けるのです。
   
 おわり