・・・また唐突なお願いだな」

「すいません。どうしても見つからなくて。何としてでも僕の手で見つけたいのです」

 大五郎の真剣な表情を見ると、どうやら嘘八百というオチはなさそうである。しかし、まるまる信用するほど俺は人がいいわけじゃない。俺は先手を打つことにした。

「お前の姉ちゃんを探してやるって言っても、手掛かりがなくちゃはじまらねぇ。何かこう、写真とかないのか」

「さ、探して下さるんですね!ちょっとお待ちください」

「勘違いするな。協力するかどうかは俺が決める。とりあえず、どんなもんか見ておかないとな」

 そう言っても、心ここにあらずというか、右耳から左耳というか。右から左に受け流すというか。・・・そういえば最近、ムーディ勝山をテレビで見なくなったな。

「ありましたありました。これが姉の写真です」

 そう言うと一枚の写真を差し出した。そこに写っていたのは――-

 白い壁だった。人物はおろか、猫一匹写ってはいない。俺は目を凝らしてみた。座敷わらしの姉弟だ。すごーく小さかったり、心霊写真のようにぼうっと写っていたり、変に隅っこに写っているのではないかと思ったのである。

「どうか、しましたか?」

「何も写ってないぞ。白い壁がみえるだけだ」

「そ、そんな馬鹿な!」

 そう言うと大五郎は俺から写真をひったくると、食い入るように見つめた。

「ちゃんと、姉の全身が写ってますよ。まさかあなたは、姉の姿が見えないのですか?」

 おかしな話だと俺自身も思った。座敷わらしはしょせん幽霊の類いだから、見えないのかとも考えた。しかし、それでは目の前の大五郎はどう説明するのだろうか。俺には大五郎をしっかり認識できているし、その気になれば殴り飛ばすことも可能だった。それとも人によって見える座敷わらしと見えない座敷わらしが存在するとでも言うのだろうか。

「見えねえ。全く見えねえ。ってことで探すのはお前一人でやってくれ」

「そんな、いまさらひどいじゃないですか!」

「んなこと言っても見えないものは見えないんだ。仕方ないだろう。それとも何か。他に何か手掛かりがあるって言うなら言ってみろよ。例えば芸能人の誰かに似てるとか」

 あてずっぽうで言った俺の言葉に大五郎は鋭く反応した。手をぽん、と叩く。

「そうです、似てる芸能人がいましたよ」

「で、誰なんだ」

「分かりやすく言うとですね、タレントの佐々木希と歌手の西野カナを足して2で割った感じです」

・・・

・・・

・・・

「俺に任せろ」

 俺はがぜんやる気がみなぎってくるのを感じながら、立ち上がる。佐々木希に西野カナ。俺の好きな女性芸能人の黄金のツートップ。偶然にしては出来すぎだという感は否めなくとも、これは俺にとって使命だと感じずにはいられなかった。なんとかして探してやろうじゃないか。

「・・・敏夫さん?目が、イっちゃってますよ」

 不審がる大五郎。俺のテンションの高まりをいぶかしんでいるのだろう。俺は平静を装って言った。

「探すなら、早い方がいいな。行くぞ大五郎」

「待って下さいよ、まだ言わなきゃいけない事が・・・」

 大五郎の言葉無視し、俺は部屋を出る。心配するな大五郎。俺が必ず見つけてきてやる。

 慌てて大五郎が後に続くが、その顔は浮かない。俺が突然態度を変えたことが解せないのだろう。しかしこれも何かの縁。乗りかかった船だ。たとえどんなに険しい道のりであろうと、見つけるまで諦めないと俺は心に誓った。

「だから待って下さいって言ったんですよ」

 俺たちは、公園のベンチに座っていた。確かに、佐々木希と西野カナをたして2で割った大五郎の姉―――西野希と俺は言う―――を探そうと息巻いていたのは事実だ。一時の感情に流されたと言われればそれまでの話である。

「悪かったよ。下心があったのは認める。でも結果的に探してやるんだからいいじゃねぇか」

「それが何だか心配なんですよね」

 やめろ、そのジト目。完全に俺見る目が軽蔑のまなざしじゃないか。コホン、とわざとらしく咳をしてみせた。

 公園を歩いていた一組の親子連れが不思議そうにこちらを見ているのに気がついた。最初は気のせいかと思っていたのだが、視線は俺たちに向けられているらしかった。

「やっぱりお前が珍しいのかな、注目されてるぞ」

そう言うと、大五郎はあっと、ため息をついた。

「今のところ私の姿はあなた以外見えていないようなので、違うと思いますよ。みんな私が珍しいのではなく、ひとり公園のベンチでひとりごと言っているあなたが珍しいんですよ」

「な、何?」

 血の気が引いた。つまり今の今まで、俺はずっと大五郎に話しかけていたつもりでも、周りからは独り言を言っているようにしか見えなかったと言うのか。まるで携帯電話のハンズフリー機能で思いっきり大声で話している人を変な目で見るのと同じではないか。

「何でそれをもっと早く言わねーんだ。恥かいたじゃねぇか」

 先ほどの親子連れと再び目が合う。明らかに母親が「見ちゃいけません」と子どもの目を隠しているのがわかった。

「ここで話していると、ずーっと変態扱いされますけど、どうします?」

「場所を変えるぞ、大五郎」

そう言うと俺たちは公演を後にしようとした。しかし次の瞬間、大五郎に異変が起こる。

「姉さんの気配が…あっち!」

 大五郎、猛ダッシュ。俺もあとにつづく。座敷わらしには座敷わらし特有の気配みたいなものがあるのだろう。

「ほんとにお前のねーちゃんなんだろーな」

「分かりません、でも、この気配は確かに。・・・それにしても早いな」

「車に乗ってんじゃないのか」

 それはあり得る話だ。公園の横には国道が走っている。目の前の交差点の車の信号はちょうど赤だ。先頭にはシルバーのオープンカー。その車を運転しているのは、髪の長い女性だった。

「姉さん!」

 次の瞬間、信号が青になり、オープンカーは走り去ろうとした。

「間違いじゃないのか?あれが姉ちゃんなんだな?」

「分かりません。でもあの気配は間違いないと思います」

 俺たちは遥か遠くなっていくオープンカーを見つめることしかできなかった。