翌朝、座敷わらしロナウド大五郎の姿は消えていた。もっとしっかり縛っておけばよかったかな、と俺は内心後悔したが、後の祭りである。なぜ俺のところに大五郎がやってきたのか聞きそびれてしまったが、ひょっとすると俺の勝手な夢だか妄想だか知れないので、放っておくことにした。

 数日たったある日の昼休み、社員食堂でひとり優雅にAランチ(豚の生姜焼きにサラダ、きんぴらごぼう、みそ汁()ご飯お代わり自由)を食べていると、先輩の(こちらは正真正銘)服部さんが僕のところにやってきた。 

「聞いたよ鈴木君。君の部屋に出るらしいじゃないか」

「・・・うちはパチンコ屋じゃないですけど?」

 俺は最初服部さんが何を言っているのか理解できなかった。俺がとぼけていると、服部さんは眼を細めて言う。

「調べは付いているんだよ、鈴木君。隠さなくていいから、しゃべっちまいなよ、楽になるよ」

 俺は服部さんに何か悪いことしたのだろうか?心当たりはまるでない。さらに服部さんは顔を近づけてくる。眼鏡の奥の眼光が鋭さを増し、完全に目は据わっていた。服部さんは小声で続ける。

「えらく美しい座敷わらしがいるっていう話だぞ鈴木君。そして毎晩君が帰ってくるのを待ってるそうじゃないか、え?」

・・・誰だ、そんな噂を流したのは。

「確かうちの社員寮は女子立ち入り禁止だったよな?だとしたら、問題だ。しかし、君のいる部屋は出るんだよ、座敷わらしが」

「誰から聞いたんです?そんな噂」

 俺が聞くと、誰にも言うなよ、と前置きして服部さんは言った。

「俺の大学の同期の木俣だよ」

 ・・・お前かー!(爆)

 俺は頭を抱えてへたり込む。せっかくの豪華なAランチは結果として二人の男によって邪魔されたのである。

 その日、俺は仕事を終えるとそそくさと社員寮に足向けた。時間はあと少しで日付が変わろうとしている。

 部屋の前にたどり着く。鍵を取り出す。ガチャ…ドアノブに触れた瞬間、一瞬だが嫌な予感がした。まさかとは思う。かれこれ34日何事もなかったので、安心していたのは事実だ。そいつとまた眼が合ってしまった。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 メイドがいた。正確にいえば、メイド服に身を包んだ座敷わらしのロナウド大五郎がいたのである。それを見た時、俺は決して驚かなかった。着物の次はメイドなのか。その次は何なのか。そもそも、次はないと思うが。

「なにしとんじゃ、われー!(爆)」

 ひとまず、首を絞めてみた。コスプレ趣味の座敷わらしは手足ばたつかせている。そもそも座敷わらしは幽霊の類いではないのだろうか。

「あんまりです…久しぶりにと思ってこの格好したのに…」

「久しぶりだろうがなんだろうが、勝手に人の部屋入ってんじゃねーよ」

「あなたには日本のサブカルチャーに対する理解はないのですか!

 ゴン!

 俺のストレートは大五郎の右の頬を完全にとらえていた。虚を突かれた大五郎。撃沈。

「まったく、世話が焼ける奴だ」

 そう言って俺は、疲れた身体をベッドに横たえた。適度な疲労感はより早く睡眠へといざなう。のび太と競争しても負けないくらいの速さで深い眠りに落ちていった。

 翌朝。座敷わらしはそこにいた。右の頬には湿布が貼られている。服はメイド服ではなく、着古された着物である。

「・・・で、いつまでいるつもりなんだ?大五郎」

「ですから、私はあなたがここで生活するよりも前にこの地を守っていた守り神なのですよ。それを力でねじ伏せようなどと。私がその気になればあなたなど・・・」

「たやすく倒せると、でも?」

「その通りです。私を甘く見ないでくださ…あっ」

 ゴンゴン!

 大五郎のその自信は、0.5秒で打ち砕かれた。どんなに大昔からこの地にいたと言っても、現代のルールにのっとれば紛れもなくこの部屋の所有者は俺である。厳密にいえば会社のものだが。この際そんな細かいことを言っても始まらない。

「で?他に言いたいことは?」

「ほくほてきひまわふとひひころなひれふろ・・・」(訳:僕を敵にまわすといいことないですよ)

 俺自身いいパンチが入った、と確信していたが、大五郎にとっても相当なダメージだったようだ。完全に顎が砕かれている。

「いいか大五郎。お前がなんと言おうと、勝手に部屋の片づけや、冷蔵庫をあさるのはやめろ。何だって幽霊なのに腹が減ったりするんだ。わけ分からんぞマジで」

「勝手に冷蔵庫を開けたのは謝ります。空腹には耐えられなかったんです。ごめんなさい」

 大五郎は神妙な面持ちで頭を下げた。そうやって最初から言っていれば、俺だってわざわざ拳を振るうこともなかったのだ。

「お前、何か俺に言いたくて出てきたんだろ?」

 大五郎は俯いたまま、動かない。かすかに肩がふるえている。座敷わらしは、泣いていた。

「泣いていては先に進まん。何があったか話してみろよ」

 俺は諭すように声をかけた。すると次第に大五郎の嗚咽は大きくなった。俺は頭を掻く。泣かれるのが一番厄介だ。しばらく放っておくことにした。

 さんざん泣いて落ち着いた大五郎を前に座らせ、俺はもう一度同じ質問を繰り返し言ってみた。口の中でもごもごと言っているだけで聞き取れなかった。

「何だ?はっきり言えよ。」

「…実は、お願いがあるのです」

「金なら貸さねーぞ」

 違いますよ、と大五郎は俺を見た。俺は口をつぐむ。大五郎の眼差しがいつになく真剣だったからだ。―――こいつは、マジな話だな。

「お願いです。姉を、探してほしいのです」