武史が自宅に戻ったのは、8時を少し回ったころだった。
「ただいま」
「あっ、パパだ。お帰り!」
と、将太が:元気良く飛び出してくる。
「お帰りなさい。兄さん。お疲れ様でした」
台所でつばさが声をかけた。食堂のテーブルには、賑やかに食事が並んでいる。今日はカレー鍋だった。
「いや、こういうの見ると急に腹が減ってくるよなあ」
「パパ、早く食べようよ。おなかぺこぺこだよ」
「何だ将太、先に食べてたんじゃなかったのか」
「将太ったら、パパが帰ってくるまで待ってるって聞かなくて」
つばさはちょっと困ったように言った。将太は自分に似てちょっと頑固なところがある。自分がこうだ、と決めたことは決して曲げたくないのだということはよく分かっていた。
「だって、せっかくつばさちゃんが作ってくれたんだよ。先に食べちゃうなんてもったいないよ」
「よしよし。すぐ着替えてくるからみんなで食べよう」
こうして飯島家の楽しい夕食が始まった。つばさがいてくれることは本当に助かっている。将太の保育園のお迎えだけでなく、こうやって夕食の準備までしてくれるのだ。武史が安心して働いていられるのは彼女の協力なしではありえない。
「そう言えば、今日は泊っていけるのか?」
つばさが武史の分と自分の分のお酒を用意してあることに気がついて聞いた。
「うん。今日は旦那、夜勤だから」
つばさの夫はとある病院で医師として働いている。つばさもその病院の医療事務のパートをしていた。つばさは夫が夜勤の日には決まって飯島家に泊まりに来ていた。武史にとってはそうしてくれることは非常に助かっているのだ。
「そうだ、将太。クリスマスプレゼントはもうサンタさんにお願いしたの?」
さりげなくつばさが尋ねた。
「うん。DXゴーカイオーがほしい」
ジャガイモを頬張りながら将太が言った。DXゴーカイオーは、将太の好きな戦隊ヒーローもののロボットのおもちゃである。大人びているとは言っても、将太はまだ5歳。根は素直な子供なのだ。
「明日ね、保育園でサンタさんにお手紙書くんだよ。サンタさんはね、ひとりひとりの手紙を読んで、そこに書かれているものをプレゼントしてくれるんだって」
将太は眼を輝かせて言った。
「それでね、僕、ほんとは一つだけって高木先生言ってたけど、もうひとつだけお願い書くんだ」
「へえ。何をお願いするの?」
不思議そうにつばさが聞いた。
「あのね、12月25日に、ママに会わせてくださいって書くんだよ」
それを聞いた武史とつばさは一瞬食べる手が止まった。サンタクロースのお願いは七夕とは違うけれど、何となく『お願いする』という意味においては同じなのかもしれなかった。
「そっかぁ。将太はママに会いたいんだね」
思わず涙声になりそうなのを必死でこらえながらつばさが言った。
「パパやつばさちゃんだって、ママに会いたいでしょ?でもサンタクロースは大人の人のところには来ないから、うちじゃ僕しかお願いできないもんね」
「そうだな、将太。サンタさんにお願い聞いてもらえるといいな」
武史がそう言うと、将太が怪訝そうな顔をする。
「サンタクロースは、神様じゃないからプレゼントにならないものお願いしちゃ駄目かな?」
「そんなことないだろ。サンタさんのお手紙にちゃんと書けば聞いてくれるよ。でもな、将太」
武史は言葉を切ると真剣な表情で将太の眼を見ながら、
「ママに会えますように、ってちゃんと書かなきゃだめだぞ。それに、ママの名前も書いておいた方がいいな。世界中に子供がいて、ママだっていっぱいいるんだから。将太、ママの名前全部かけるか?」
「大丈夫、ほら」
そう言うと将太はポケットから紙を取り出して見せた。そこには、
【いいじまきよみ(ぼくのママです)にあえますように いいじましょうた】
と、鉛筆でいくつも書かれていた。それを見てつばさが言った。
「将太、さっきから一生懸命何か書いてると思ったら、それだったんだ」
「うん。保育園でお手紙書く時、間違えちゃ駄目だからね」
と、将太は得意そうに言った。
その後、将太と一緒に風呂に入り、絵本を読んで寝かしつけると、ひとりキッチンに向かった。冷蔵庫からワインを取り出し、コップに注いだ。
「あら、よかったらお酒あっためようか?」
風呂から出たばかりのつばさ声をかける。
「いいんだ。それより、つまみあったかな」
「そう言うと思って買ってきた」
と、ビニール袋から柿ピーのの小袋を取り出して開けた。つばさもワインをコップに注ぐと、一口飲んだ。ふうっ、と一息。
「しかし、さっきの将太の話にはびっくりしたなあ」
武史は食卓でのやり取りを思い出しながら言った。サンタさんにほしいプレゼントを書こう、というのは保育園で毎年行われている行事で、思い思いに欲しいプレゼントを書いて、サンタクロースに届けるのだそうだ。去年も将太はプレゼントを大きな字で書いていたのを思い出した。しかし今年は、欲しいものとお願いの二つ。しかも【ママに会いたい】と書いていた。確か七夕の時のお願いは【ゴーカイジャーのなかまになれますように】だった気がする。
「あの子なりに考えているのよ、きっと」
「そのお願いなら俺だって何回もしたさ。でも、それで聖美が生き返るっていうわけじゃないしな」
そう言うと、武史は自然と遠い目をする。次の瞬間、つばさに小突かれてしまった。
「なーに辛気臭いこと言ってるのよ。私たちだってできることあるでしょ」
そう言うとつばさは武史の手をとってベランダへ引っ張っていった
「おいおい、何だよ」
「知らないの?今日はふたご座流星群が見れる日なのよ。流れ星にお願いごと。それくらいはいいんじゃないの?」
今夜は空が透きとおるようで、ベランダから天を仰ぐと、満天の星空が輝いていた。
つづく