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「ヒカリ、リョウタ先輩に会ってくれるの?」

「会う会わないは、分からないけど。イクミがそんなに言うんだったら、会ってみても損はないかなあって」

「なら今から呼び出しちゃおう」

 イクミはおもむろに携帯を取り出す。わたしは慌てた。まさかいきなり連絡するとは思わなかったのだ。

「あ、リョウタ先輩ですか?今、どこです?・・・嘘、すごく近くじゃないですか?・・・はいっ、はい。じゃ、今から友達連れて行きます。はい。じゃ、また~」

 私はイクミに何か言おうとしていたのだが、途中であきらめていた。どうやら自分が思っていたよりも展開は早いようだ。

「あんたね~相手の都合ってものを考えないの?」

 この時の私の顔はまた一段と怖かったであろう。今度は意識せずに怖い顔になっていたに違いない。

 しかしイクミはそんな事など意に介す様子はなかった。なんだかとても楽しそうに見えるのだ。

「リョウタ先輩、近くに友達と来てるって言うんだ。せっかくだから会っていこうよ」

 イクミは私の手を強引に引っ張り、店の外に出ると、さっそうと歩きだしていった。

 私は仕方なく、イクミの後に続く。

 半ば強引にイクミに連れて行かれた場所は、私もよく行く楽器店だった。

「あ、イクミちゃん、こっちこっち」

長身で長髪。やわらかくパーマがかかった細身の男性。彼がリョウタ先輩だろうか。

「先輩、さっき話してた友達のヒカリです」

「はじめまして。唐沢ヒカリです」

「あ、どうも。木島リョウタって言います。イクミちゃんのバイトの先輩です。って言ってもよく怒られるのは俺の方だけど」

 リョウタは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 決して悪い人でもないが、すごくいい人というわけでもない。いわゆる添え職系名感じである。つくづくわたしは恋愛に向かない体質なのだろうか。イクミには悪いが、今回はパスである。

「先輩、でもなんでこんなとこに来てるんですか?楽器とかやるわけじゃないのに」

 イクミが不思議そうにして言った。

「いや、俺じゃなくて、マサトが用が会ってきてるんだ」

 すると、店の奥からひとりの男性が現れる。彼がマサトだろうか。

「お待たせ・・・あ、どうも」 

 マサトはわたしとイクミに気がついて慌てたように会釈する。

「おう。こっちは俺のバイトのイクミちゃん。それから唐沢ヒカリさんだ」

「はじめまして。辻マサトです」

 マサトを一言で言うならば、細身で小柄な好青年といったところか。淵なしのメガネをかけているせいか、白衣を着せるとどことなく医者に見えなくもなかった。

「マサト、お目当てのものは見つかったのか?」

「あ、うん。これから帰って作業しないと、間に合わないんだ。付き合わせて悪かったね」

「作業って、何するんですか?」

 のんびりした口調でイクミが聞く。

「ある人に作曲の作業を頼まれちゃってね。今からパソコンとにらめっこさ」

 マサトは静かに笑った。

「お前も大変だなあ。でもそいつとバンド組むんだろ?」

「僕はサポートするだけだから。大したことはやらないよ」

「すごいですねマサトさん。シンジとは大違いだなあ」

 何か思い出したのか、イクミは口を尖らせて言った。確かに、シンジとはタイプが全然違う。不器用で荒削りなところがあるシンジと、繊細な雰囲気を持つマサト。全く相反する個性を持っているといってもいいだろう。

「・・・シンジって、ひょっとして藤井シンジくんのこと?」

マサトがびっくりしたように言った。

「そうですけど…知ってるんですか?」

「僕はシンジ君に頼まれて楽曲づくりに参加してるんだよ」

 ・・・一同、絶句。

「えええっ!!」

 予想していなかった展開である。わたしが考える以上に、世間は狭かったのである。

  ★★★



 わたしとイクミ、リョウタ、マサトの4人はしばらくその場で話をして、マサトはこれから楽曲作りに部屋にカンヅメになるということで別れ、リョウタはバイトまで時間つぶしにネットカフェに行くという。

 わたしとイクミはこれといって予定はなかったので、その辺をぶらつくつもりでいた。

「しかし、びっくりだよね~まさかシンジが人に曲作るの頼むなんて」

 そうなのだ。シンジはどちらかというと一匹狼的なところがあって、ギター1本で真剣勝負。決して他人に楽曲を作ってもらおうというタイプではなかったから、正直私も驚いていた。

「でも、シンジ君って曲作るからってイクミと会わないって言ってなかった?ってことはシンジ君は今どうしてるんだろうね?」

 私のその素朴な疑問が、イクミの心に何かしらの変化をもたらした。

「…ってことは、苦し紛れに知り合いのマサトさんに丸投げしたってことか?」

「・・・丸投げってことはないでしょ、きっと」

「いーや、きっとそうだ。シンジは自分の曲作りに限界を感じてるんだよ、きっと!」

 何が何だか分からなくなってきた。イクミの怒りはいったいどこからきているのか。はっきり言って私には理解不能であった。