独り相撲

 各\9975


独り相撲

独り相撲


これまた天から降りてきたシリーズ。

昔からスキニーが大好きなのだが、生地が薄くてストレッチ素材で価格が手ごろでというとなかなかなかった。

レディースにはデニムレギンスというジャンルがあるのに今までメンズにはなかったし。

ところが、ついにメンズでも登場。


これはサイズも色も種類も豊富で洗練された履き心地はケタ違いだ。

毎日履き倒してもボロボロにならない、破れない、臭わない。

ストレッチ素材のためポケットに財布の痕や携帯の痕がつかない。

このクォリティの高さとコストパフォーマンスの良さにすっかり惚れ込んでしまった。

昔から一度気に入ったらずっとそればっかり。


でもなかなか気に入ったものが降りてきてくれない。

久々にすごいのが降りてきたぞ。

もうこのシリーズしか履かないと心に決めた。

仕事でも顧客に会わないときはジャケット・YシャツとこのJEGGERSのブラックOW
を組み合わせオフィスカジュアルにしている。

Tシャツだけでも様になる。

カジュアルにもフォーマルにもバチっとキマルね。

日本人の体型からすると、やっぱ洋服はシルエットが命でしょ。

その意味でJEGGERSシリーズは頭一つ突き抜けてる。

いい仕事してるね、Lee!

生産中止になったら困るから密かに買いだめしとこっと♪



独り相撲



ナンバースリー デューサードライペーストワックス 6 80g/ナンバースリー
¥1,680
Amazon.co.jp


世の中にはすごいヘアワックスがあったものだ・・。

今まで色々試してきて、やっとたどり着いた最高の一品といった感じだ。

マット感といいベタつかないサラッとした軽さといい一日中ヘタらない整髪力といい化け物みたいなワックスだな。

どうやって開発したんだ、こんなの?

技術力がズバぬけてるゾ。

ショートスタイルからミディアムまで自由自在♪

こんなの使えば誰でも雰囲気イケメンになっちゃうね。



再び マドモアゼル愛先生 のブログより。


9月~12月の間に大地震が起こると予想していたが、いよいよ本番が近づいてきたようだね。

関東の海沿いに住んでいる人は臨戦態勢を。



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政治的にもまた財政的にも事業的にも、そして軍事的にも、それぞれがなんらかの限界を迎える時期が9月である。期末的な時期であり、苦し紛れになんらかの破れかぶれ的な行動が選択される危険がある時期。911もそう言えば、9月でした。

放射能の問題もこれまでさも大したことない風に装って来ているが、そろそろ限界感が出てくるのではないか。個人が線量を計るケースが多くなるにつれて、大したことないなんて言えなくなるのが9月以降か。各国での財政的な限界感にもそろそろ打ち止め感が出てくる。やっぱりサブプライムは何も終えてなどなかった、、、と近々にも暴露があるだろう。

企業的にも、日本では外食産業などの極端が落ち込みの我慢の限界がそろそろ出てくる。一挙に音を上げだす可能性もあり、そうなると雇用に深い影。収穫の秋になれば、そこら中で放射能検出騒ぎか。マスコミへの不信が広がれば、広告業界も音をあげる。9月ごろに限界感を迎えるのは日本だけではないので、なんらかの目くらましが必要になってくるだろう。その意味で9月は注意がいると思う。

限界感は中盤以降だろうから、三連休前の22日などは人為的な大事件を仕掛ける最後の時となるはずなので、要注意。これまでのものがある程度壊れない限りは良いものも生まれないので、仕方ない面はある。一見困ったように見える出来事も、その裏には、必ずおおきな未来の種がかくされている。世の中にひとつとして、本当は悲劇というものはないのかもしれない。

とはいえ、もう悲劇的なものを通さずに時代が変わって行かなければいけないと思う。もうさんざん人類は悲劇を負ってきているのだから。人類がもう悲劇的なものは不要だと、はっきり拒否すればいい。仕方ない戦争も不要、仕方ない犠牲も不要、仕方ない貧乏も、仕方ないウソもダメ。仕方ない消費税も仕方ない軍事費もすべてウソ。もっているものを一度神に返せば、この世に不足しているものなど何一つなくなる。金もない、地位もない、何もない、、という人は、命を神にささげれば、ああだこうだと心配しなくても生きられるようになる。神に預けてしまえば、きっと悪くはしないだろう。

銀行や証券会社や会社や組織や悪魔に命と体を預けてしまうから苦しくなる。一度お取り上げしたつもりで、神に戻す。すべてを神に返す。そのつもりでいれば、裸で軽くなり、神の知恵がきっと私たちに降りてくる。この世の本当の仕組みはそうなっているのではないか。

明日は炉の中に投げ入れられる道端の花でさえ、あのように美しく着飾っている。ましてあなたがたがそれ以下であることがあろうか。だから何を着、何を食べようかなど、思いわずらうことはない。明日のことは明日自身がわずらうであろう。一日の苦労はその日一日で十分である。

有名な聖書の言葉であるが、一番楽に生きる方法は、神にすべてをゆだねてしまうこと。それは自分の放棄ではない。なぜなら、大きなものにすべてをゆだねると、与えられた命を粗末にすることができなくなる。守られているという安心感の中で、自分の本来の力を発揮できるようになる。


結局、人間というのは、不安をベースにしていたら、自分を発見することも活かすこともできなくなるということなのだ。多くの者が自分を大事に大事にしようとして、自分を失い、苦しさを増していく。むしろ神に自分を預け、自分を忘れた者がその本分を果たしていく。この世の思考は転倒しているのだ。それは実体が心の中にあり、外界がその表れであるからにほかならないが、私たちは外界がすべてであるととらえることから、影を追い、影に働きかけ、せっかく実体を持ちながら、影の中で生き続けようとする。

そして実体を悪魔にささげてしまい、悲劇から抜け出ようとしない。しかしそれもそろそろ時間切れまじかとなりつつある。壊れていくものに驚かないように。壊れていくものはどうしても壊れていく。自分自身も外界も。壊れれば新たに出てくるものがある。鉢かつぎ姫という話しがあるが、鉢が壊れた中から、本当に輝く、美しい顔のあなたが出てくる。そんなイメージはとても大切。私たちは自分で考えている以上に美しく感動的な存在なのだよ。だから奪われもしたし、不幸にさせられもした。それだけ価値があるんだよ。何としても、お互いに拝み合う会をやりたいのは、そんな気持ちが発端になっている。黙って、ただ、拝み合う、、、会った際に、帰る際に、トランプした後に、、、ご飯食べる前に、後に、、、相手を神と思うことで、自分の神性が芽生えていく。

ビワ温灸やまったりした会や拝み合う会など、色々言ってるけど、秋が深まったころからやりますので、参加してください。9月25日はすでに決定していて、広尾のお寺さんで、「人生相談&トランプ大会」の予定です。詳細が決まったらお知らせいたします。

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去年1年間、集中的にTOEICの勉強をした。

使った問題集はほとんど新公式問題集4冊だけ。

320点→750点になった時点でやめた。


理由は単純。

自分試しに転職活動をしてみたところ、いくつかの商社から内定をもらえたからだ。

中には一部上場の商社もあった。


TOEICである程度の点数をと取ると書類選考にボコボコ受かるんだね。

まま、その先の面接突破は自分の実力次第だけど。


実際、英語を使った仕事ってだけで求人の数が何倍にもなる。

さらにペラペラに話せるようになれば食いっぱぐれがなくなる。

もちろん応募職種の職務経験があっての話だけどね。


高得点を取っただけで優遇される時代はとっくに終わった。


それにしても、アメリカに行けば乞食でも英語を話すのに、日本で英語が使えるとデキる人みたいに扱われるし、本人も勘違いしてその気になってるから、ほんと変な国だよね。


よりお金をかけた高度なやり方をすればもっと高得点を狙えたのだろうが、これ以上時間と労力をかけるのは馬鹿馬鹿しい。

手っ取り早く700点台を取るには新公式問題集だけで十分。

時間をかけて得点が上がらない人は、あれこれ手を出しすぎているのだろう。


ところで、相変わらずヒアリングは苦手だ。

大雑把な得点配分としてはヒアリング350点・リーディング400点だから、仮に英語耳が完全に開通してヒアリング満点取れるようになったら900点近く取れる計算だけど。


語学留学やヒアリングマラソンを続ければく聞き取りができるようになるのだろうが、それはせずに、今年からは英会話をやりながらに徐々にヒアリング力も磨いていくことに決めた。


その甲斐あってか、だいぶ英会話が上達し、イギリス人やオーストラリア人の友達もできて家に招待できるまでになった。


話は脱線してしまったが、震災以降、求人の数が少なくなり、就活に奮闘している人も多いだろう。

でも、コツさえつかめばそんなに難しくはない。


日本人は短時間で自分をアピールする力に欠ける。

もちろん中途採用は即戦力を求めているので精神論ばかりをアピールしても無駄だ。

そして長々と話せば話すほど受からない。

30秒で短く要点をまとめて話すことができる人間は、同じ内容を10分にも1時間にも会話を膨らますことができる。

まま、演技力が大事なんだけどね。

基本中の基本だけど以下を参考にしてみてほしい。


・面接官の質問には簡潔明瞭に答える(結論から述べ、次に具体例)

・転職理由と志望動機は辻褄が合うようにする(前職に対する不満点を1つだけピックアップし、前向きな志望動機として反転させる)

・応募条件と自分の経歴を結びつける(○○で御社に貢献できる、××でも貢献できる・・・)

情熱を伝える(なぜ御社なのか、○○でも××でも△△での御社に貢献できるけど、一番の理由は御社に入社してぜひ◎◎を実現させたいから。その願いを叶えられるのは御社だけなのです!!!!)


ってな感じで。

面接官も所詮、人間である。

情熱を伝えることが何より人の心を動かす。


本当に入りたい会社だと思ったら、エージェントを通じて入社への熱意をダメ押ししてもらえればいいだろう。

自分で応募する場合は、御礼の手紙に情熱を添えて書けばいい。

今年の9月末~12月31日までの間のどこかに巨大地震がくると予想しているので、そろそろ本格的に水・食料の備蓄、タンス・食器棚の固定などの対策をしている。

特に9月末は危ないかもな。

やっぱりエレーニンが来るタイミングに合わせて仕掛けてくるんだろうな。


東京にくるとは限らないけど、仮に東京に大地震が起こった際、津波により私が住んでいる地域は2mくらい水没すると思われる。

一戸建てや集合住宅の1階に住んでなくてホント良かった。


↓自分が住む地域の危険度を各自調べておくこと。

Flood Maps


都内が水没した場合、何日間か職場に篭城する可能性があるので、念のため職場にも懐中電灯や非常食を置いておく。


今年はサーフィンにも行けないし、大好きだったディズニーランドに行こうものなら死ににいくようなもんだ。


絶対海には近づかない。







以下はマドモアゼル愛先生のブログ の記事である。

とても素晴らしい内容だったのでそのまま転載する。



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人間が生きていくために必要なエネルギーは喜び。
カロリーや栄養素や空気は当然としても、それだけでは人は生きていけない。

なんらかの喜びがあるため、人は生きていくことができる。
これは人に限らず、存在するものすべてに言える共通項。


この喜びが発展し、さらに発展し、立体的発展となり、さらに複立体的発展となり、永遠に発展していく一方、喜びには終わりがなく、さらにさらに続いていく。


要するに歓喜である。

歓喜がこの世の本当の姿。


また、面白いことに、喜びは前の次元の喜びに戻らない。
人を殺して喜んでいた者が人を活かすことに喜びを感じてしまうと、もう元に戻れなくなる。
物事を悪く言うことに喜びを感じていた人が、物事の可能性に目をつける喜びを持ってしまうと、もう皮肉には物事を見れなくなってしまう。


子供はそれこそ自分のことしか考えずに時には残酷に親の愛を求めるところから出発するが、やがて大人になり、自分が親になっていくと、今度は子供に一方的に与えることで満足し、喜びを感じるように発展していく。

最近ではそうした自然な成長がうまくいかないケースが多いには多いが、それでもなんであれ子供が育って行っているのだから、基本はやはり変わってはいない。


成長とは、その段階にそって、何を喜びとするかが違ってくることを言う。
そして人生の目的とは、喜びの質が次元アップしていくことに他ならない。
これほど簡単で率直な人生観はなく、また正しい。


いい大人になって自分のパンだけを懐に隠しておくことのでは、あまりに人生は寂しい。

ここに覚悟がいる。


次元を低めて生にしがみつくよりも死を覚悟する、これが武士道であり、人の道ということだろうが、それも時と場合ではある。

卑怯きわまりない織田の鉄砲の前に勇ましく散った武田の騎馬隊、また特攻隊で死んでいけた人たちは、ある意味幸福だったと思うが、何があっても生きて行かねばならない人もいたと思う。

小さな子供を残して逝けない、、、大義のためには行き恥じをさらしてでも生きて行かねばならない、、、
そういう人も大勢いたに違いない。
これは選択の問題であり、他人が軽々しく口をはさむべきものとは違う。

こうした矛盾極まりない世界に見えるが、基本法則は喜びにある。

喜びのない人生を求めてもうまくいくはずもない。


喜びの次元が高まっていく、、、そのためには、本当は自分を捨てなければならない。

なぜなら、自分の中に喜びが発生するのではなく、大きな喜びの中に私たちは生きているからだ。


大きな喜びに囲まれているにも関わらず、それをわからなくさせているのが、実は自我。
自分を捨てると喜びがやってくるという逆説的な不思議構造がこの世である。

このことがわからないと、簡単なエネルギー補充策にとらわれてしまう。

人がエネルギーを得るには、二つの方法しかない。

エネルギー自体は喜びであるが、それを得るには、自分よりも他に不幸をつくること。

これがひとつのやり方。

そしてもう一つは自分を捨ててでも他に喜びをもたらす意識。


この二つしかない。

なぜ世の中に不幸や悲劇がなくならないのかの理由もここにある。
そうしたものでエネルギーを得ている者が多いからだ。

親の子に対する虐待などは、それによってしか自分のエネルギーの補充方法がない悲劇なのである。
おそらく誰からもエネルギーが補充できずに生きてきた人が親になる。そうなると子から奪うしかなくなる。

いじめも同様の構造。

親に追い詰められ、親から十分なエネルギーが得られない子供は、周囲の弱そうな子をいじめて、その子を不幸にさせることでエネルギーを得るしかない。


こうした、悲劇、悲しみ、不幸、偽り、だまし、嫉妬など、、、
マイナスのエネルギーを相手にもたらすことで自分が喜びを得て浮上する、、、というやり方。

残念ながら、これがこの3000年の人類史の主流だった。

しかしそれが主流だと全体がいずれは滅びるので、喜びは一方で拡大していく。

というのは、虐げられている人類の中で、いやでも喜びの次元拡大が起きてしまう。

いじめられればられるほど、自分を捨てて全体の喜びを喜びとする次元に到達していく幾多の魂を生みだしてしまう。


いじめる方が世の支配者であるケースが圧倒的に多いのだが、それがかえって民衆レベルでの大きな喜びを生みだす装置としても働いてしまう。
意外にお互い様で助け合ってもいることになる。

こうしたおかげであらやる高度な文学や芸術が生まれもしたわけだが、原爆など絶滅兵器が出てきて、
圧倒的な力を上が持つにいたったような現代では、エネルギー補充が圧倒的にマイナスに行くようになった。

これを末法というのだと思うが、これに対抗するように、大きな覚醒が人類に起こってくる。

意外にラストシーンが迫っている構図。
これを見に宇宙から色々な宇宙人がやってきている、、、なんて考える人もいる。

私はそういうことはわからないが、ラストシーンの始まりの時代にいることは確かだと思う。


いじめやマイナスエネルギー補充策が最大値に達したので、そこのあなたもあちらのあなたも、もう格段にアップした喜び次元に入るしか生きられなくなっていく。


本当にすべてはよくできているのだ。
数千年前ならイエスは人類にひとりしかいなかったが、もしかしたら、よこちょのおじさんも隣の美代ちゃんも、苦しみの結果、大菩薩に、イエス様に生まれ変わって喜び次元アップを図ってしまうかもしれない。

というか、いずれそうなる。これは実は凄いことです。
話しがそれたが、とにかく私たちは、常に喜びが必要なので、それを得る方法を、周囲に不幸をまき散らすか、もしくは、形を捨てた喜びの次元をアップさせていくか、常に決断を迫られているわけです。

ここに選択の重要性がかつてないほど高まっている。
損して得取れという簡単なことわざでもあるが、確かに大勢の企業は利益を求めて求めて、そして最後には滅んでいき、人も幸福を求めて求めて、大勢の人が不幸になっていく。

損して得取れの実践を覚悟して行えば、誰もが大菩薩、イエスになれる時代が目の前にやってきている。
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子供を未熟な人間だと思うのは間違いである。

生まれたときから完全なのである。 


ただ、言葉や知識が少ないので的確に表現することができないだけである。

完璧な姿で生まれてくるのにどうしてこんなにどうしようもない大人になってしまうのか?

それは、教育と称する洗脳、しつけ、のせいではないのか。


子どもを育てるのは植物を育てるのと同じで何も教え込む必要などない。

ああしなければダメだこうしなければダメだ、と頭ごなしに怒鳴りつけても否定してもしょうがない。


やって良い事と悪い事を区別し、納得するための質問を投げかける。

自分で自分を納得させる(自己説得)ように導いていく。

何事も決して一方的な決め打ちをしてはいけない。

都度、相手の意思を確認していく。


部下のマネジメントや夫婦関係や営業マンにも同じことが言える。


人は他人を変えられない。

変えられるのは自分だけ。


ついつい理屈でもって相手を説得しようとしてしまう。

一方的に自分のやり方を押し付けてしまう。


でも人は説得されることを嫌う。


結局はその人に選択権を委ねるしかない。


ただ、その子どもの魂を信じ、見守り、方向を誤りそうになった時、少しだけ向きを修正してあげればそれでいい。

料理を作ってお裾分けをする。

人にお金をあげる。

相手に喜んでもらえるプレゼントをする。

お祝いを贈る。

親孝行する。


助け合う心、両親・兄弟・家族・親戚・友人・職場・近所など周囲の人々に与える心。


自分だけがそうだと何だか損した気持ちになるかもしれない。
誰もが自分のことで精いっぱいで自分の事ばかり考えている中、誰かに物を与える、お金をあげるというのは損した気持ちになるかもしれない。


だが、決して損ではない。

人の喜びが自分の喜びと同じ価値に至るのは人の親切が身に染みた時だけ。
つまりは人の為に何かをしてあげた時、人はその人と同じ価値観を共有する。
同じベクトルで共鳴し合って初めて喜びが生まれる。


温度差を考えない手前勝手な喜びは、他人にしてみればどうでもいい事でもあるが、他人と共有した喜びというものは、巡りめぐって必ず自分自身に返ってくる。


与える側、与えられる側。

どちらの側も損得勘定で生きる。

所詮は人間なのだ。


情けは人の為ならず。

しばらくの間、多くの人が忘れかけていたが、対人関係の基本だと思う。

英語ときどき雨   英語ときどき雨



今日のオススメはデパ地下などでお馴染みのHENRI CHARPENTIER(アンリ・シャルパンティエ) 。

食べることができる店舗があるということは意外と知られていないんではなかろうか?


この銀座本店限定の生キャラメルは、超絶品。

花畑牧場の比ではない。


ここのケーキはあまり好きではないのだが、店の雰囲気がなかなか洒落ているので特にデートにはオススメ。

生キャラメルは味も数種類あって、特に塩とオレンジとピスタチオが美味しい。


1個100円の価値はある。

ぜひちょっとしたお土産にいかが?



英語ときどき雨

不満、愚痴、批判、言い訳を周囲にこぼす時ほど何故だかわからないが仕事や人間関係が上手くいかなくなる。

そして、どういうわけか足を引っ張る人間が現れる。


もちろん手前勝手な喜びや自慢話だって同じだよ。


なぜだろう?


よくよく周囲を観察してみると、順風満帆な人ってほとんどボヤかない気がする。


そもそも、他人に依存している人は無駄な感情に流されて自分がコントロールできなくなる。
だから、自分の感情処理を他人と共有する事で自分を確認しては嬉しがる。
しかし、他人がその事をどう思ってるかを考えない。


他人は他人、人の一喜一憂なんて温度差があって当たり前、表面上の付き合いにしかない。

温度差を考えない手前勝手な感情処理は他人にしてみればどうでもいい事でもある。

愚痴ったり、弱音を吐いたり、言い訳したり、批判したり、自慢話をしたり。


だから煙たがられたり、利用されたりするのだ。


巷ではポジティブシンキング系の自己啓発本が溢れているが、いきなりネガティブ思考をやめ、ポジティブになれと言われても土台無理な話。


一昔前に、「ツイてる」って口癖にするだけで成功できるという本が流行ったけど、あれで成功したのはたぶん著者だけじゃない?

宗教もそうだけど、特に船井幸雄とか中丸薫とか斎藤一人とか江原啓之とかあの辺のニューエイジ系グループの政治的な背後は真っ黒だよ。

そろそろ化けの皮が剥がれてきたんじゃないか?


ネガティブな言葉や本音を言わないことの方がよっぽど大事でしょ。

だったら、とりあえず他人を自分の感情のはけ口に使うのはやめること。


わんわん騒がず自分の喜びも悲しみも怒りも、まずは自分で味わう。

最初は無理矢理でも、そのうち気持ちが前向きになって、不思議とネガティブな言葉は出てこなくなる。


そうすれば、心向きも変わり、周りにはいつの間にか良い人が増えてくる。

自分の心を映し出す鏡のように。


やせ我慢してでもボヤかない方が、家庭内でも会社でもプライベートでも人間関係が良好になる。

不思議だね。

悲しいかな、所詮、人間なんてみんな損得勘定で生きてるんだよ。


ポジティブな言葉を無理して発する必要はないけど、日常生活においてネガティブな言葉は極力使わない。

本音なんてそうそう人にしゃべるもんじゃない。

地味だけど一番基本的で忘れがちなことかもね。


気をつけなきゃ。