外出自粛のため、会社の同期と流行りのリモート飲み会で最高に盛り上がって迎えた人生初めての華金。




出会ってまだ4日目だが、仕事をしている時はもちろん、動画越しにでも伝わるみんなの熱い想いや人間力の豊かさ、そして、こんなにも早く打ち解けて楽しくふざけあえるメンバーが最高で、このメンバーでよかったと早くも実感している。




令和2年生は最強だと言われるように、
やってやろうと意気込んでいる。




さて、今回は自己紹介があまり前回できなかったので、もう少し詳しく紹介。






堀野 紘一郎 (ホリノ コウイチロウ)
1997年8月8日生まれの獅子座でA型
静岡県浜松市出身の22歳。
好きな芸能人 ダウンタウン
好きなアニメ ワンピース(オタクほどに)
好きな番組     テラスハウス
嫌いな食べ物 チョコ、トマト、梅干し


こんな感じの私だが、5歳の頃から大学卒業までの17年間サッカーをしてきた。





私の人生はサッカーだった。






地元の私立幼稚園に通っていた私は、2002年の日韓ワールドカップの影響を受け、幼稚園のサッカー大会をきっかけにサッカーを始めるようになる。



その頃の私は、ブラジル代表のロナウドが大好きで髪型を真似するほどだった。
※世の中はベッカムヘア(モヒカン)が人気だった



その頃から「将来はプロサッカー選手になる」
そう決めていた。




小学校入学後は地元のチームに入り、直向きにボールを追いかけた。




そして、小学4年生の冬。私の人生の転機となる出来事が起きる。



静岡県代表藤枝東高校 
全国高校サッカー選手権準優勝



あの時の興奮と胸の高鳴りは今でも忘れられない。



その後、藤色のユニフォームは私の憧れになり、「藤色のユニフォームを着て全国で活躍すること」がプロになる通過点として私の夢になった。




そして結果的に、藤色のユニフォームに袖を通すことになるのだ。



これまでの私のサッカー人生は順当だった。



自分中心に、毎日楽しくサッカーができており、
試合に出られないことなどたった一度もなかった。




しかし、高校3年間は挫折ばかり。



実力不足はもちろん、
連続する怪我の日々。



1番なことは走ることだけ。




何もかも上手くいかなかった。



チームは2度の全国大会へ。
3年の時には私の夢だった全国選手権に出場できた。



しかし、そこに私の姿はなく、
私の夢であり、憧れの高校サッカーは
不完全燃焼のまま幕を閉じた。



悔しさと情けなさばかりが残る3年間。




高校の仲間を見返してやろう。
そんな想いで、卒業後順天堂大学に進学した。




しかし、入学してすぐに現実を突きつけられることになる。




順大蹴球部に入り、今まで出会った事のないもの凄いサッカーが上手い人達に出会った。




全くといっていいほど通用しない。
こういう人達がプロに行くんだと痛感した。




もともと自分は上手い選手ではない。
まったくの無名選手。




でも、心のどこかでまだ夢が叶うんじゃないか。
このまま努力してたら、いつか結果が出る。
最後に笑うのは俺なんだ。
そう思っていた。



しかし、自分より遥か上のステージで活躍していた先輩や同期に自信という自信を見事に打ち砕かれた。



さらに、そんなすごい人たちでもプロになれない。プロの世界で苦労する。



今までの自分はなんだったのか。



やっと、現実を知った。



自分なんかじゃプロになれないと。



やっと。




俺なんかがなれるわけない。




そして、それが私の「プロ」という道標を失った瞬間だった。




しかし、大学の4年間、
今まで以上の熱量でサッカーをしていた自分がいた。




プロになれなくてもいい。




とにかく私はサッカーが好き




サッカーをする理由は単純だった。




「全国高校サッカー選手権で活躍する」
「プロサッカー選手になる」




なに1つ叶えることはできなかったが
サッカーが好きなことに変わりはない。




そして、なんといっても、サッカーを通して最高の仲間と出会えたことが幸せだった。




サッカー人生の最後となる大学サッカーで、仲間と共に日本一を掴みたい。




本気でそう思えた。




自分はどんな立場でも良い。
最後にみんなで笑い合いたい。



そんな想いで大学4年間をあらゆる手を尽くしてサッカーに全力を注いだ。



たくさん笑ったし、たくさん喧嘩もした。
何回ミーティングしたか分からない。



それくらいみんなが本気だったと思う。




その本気の時間が最高に楽しかった。




私自身は、最後のシーズンはセカンドチームでキャプテンマークを巻かせてもらって、アイリーグを戦えた。




ついてきてくれた仲間に感謝の気持ちで一杯だった。





本当に傷つきまくったサッカー人生だったけど、サッカーに真剣に本気で取り組んできた日々に後悔はない。




最高の仲間と最高の瞬間を過ごた。





そんなサッカーに出逢えて、サッカーができて、

心から幸せだった。最高だった。






長くなってしまったが、挫折ばかりのサッカー人生。サッカーを通してもがき苦しんだ日々は私自身を大きく成長させてくれた。




大感謝






サッカーが私を強くした。




私の人生はサッカーなしで語れない。




私の人生はサッカーでできていた。




これが私の人生の第1章。








2020年4月4日 堀野紘一郎