吉永小百合に誘われて(97.8.15-16)
タモリの永遠の憧れの人吉永小百合さんにとり憑かれてしまった。8月15日。生まれて初めて広島を訪れた。「青い空は」の原点ともいえる被爆地広島だ。朝一番で東京に向かい、12時に広島に到着。「どこかで昼飯を。どこかで昼飯を…。」と探しているうちに原爆ドームが目の前に飛び込んできた。その後は爆心地・平和公園・平和記念資料館とおきまりのコースへ。一日目は何をどうとらえていいのかわからなかった。ホテルに帰ってシャワーを浴びた後、「お好み村」にお好み焼きを食べにでかけた。いきなりのスコールにずぶぬれになりながら、「お好み村」にたどり着く。噂通り美味しいお好み焼きを食べた後、ホテルで何気なくつけたTVに吉永小百合が映っていた。たまりにたまった残暑見舞いを書きながら見ているうちに、ペンが止まってしまった。吉永小百合が原爆詩集を読んでいるのである。心を込めて峠三吉や被爆した子どもたちの詩を読んでいる。当時子どもだった詩の作者がそれを聴いて涙を流している。「涙は涸れてもうでないと思っていたら、まだあったんですね。」というようなことを作者は語っていた。その朗読は「第二楽章」というCDになっているという。そういえば、平和記念資料館に売っていた。吉永さんは、「戦後50年は第一楽章で、今は第二楽章に入ったと思います。静かなアダージョのように戦争を語り伝えたいんです。」と言っていた。吉永さんといえば、戦争を経験していない世代。でも「愛と死の記録」(原爆病に苦しむ恋人との物語)や「夢千代日記」(胎内で被爆した女性を描いた作品)を通して戦争について深く考えるようになったという。
次の日も早起きして原爆ドームを訪れた。6時ごろだというのにジョギングしている人がいる。ドームを眺めながら朝食を食べているうちに、「青い空は」の歌が浮かんできてひとり口ずさむ。「はだしのゲン」の劇をやったことや千羽鶴を折ったことなど思いだして胸がつまった。8時15分になると時計が鳴り出した。資料館には8時15分で止まった時計があった。真っ黒なお弁当もぬけてしまった髪の毛もケロイドもみんなみんな強烈だった。自分の中でどう処理すればいいのだろう。2学期になったら、社会でも国語の学習でも戦争についてはふれることになる。子どもたちにも2日目資料館で買った「第2楽章」をきかせてあげようとは思っている。
このブログを書いてから,かなり月日が流れた。久しぶりに訪ねた広島は,同じ表情をしていた。朝の散歩に出かけると,若者たちも同じコースを歩いていた。手を合わせて頭を垂れている。何かジーンときた。時間が経っても人はヒロシマを忘れていない。そして空に向かって祈っている。吉永小百合さんは今も天に向かって朗読を続けている。それをきちんと胸に沈めたい。


