KOIの幸せになるブログ

小雨降る中、伊勢新聞社パール倶楽部主催のビジネス交流会に行って参りました^^

場所は四日市の老舗料亭『 寿美家 』さん。
四日市にこんな素敵な風情の料亭さんがあったのね!!

http://www.su-mi-ya.com/



さて講演は三重トヨタ自動車株式会社 会長 竹林武一さん。
http://www.isenp.co.jp/plc/kokuchi/index4.htm

『人生今が出発点 ~未知への挑戦~』 という演題で1時間半お話いただきました。
プライベートでも奥様とホノルルマラソン8年連続出場など、60歳を超えて
なお飽くなき挑戦を続ける竹林氏のダジャレ連発の熱いお話は大変興味深いものでした^^
やはり、亀の甲より年の功。
諸先輩方の経験からくるお話には本物の『力』があります

また今回集まった女性陣の熱いこと!みんなギラギラ(笑)
いわゆる肉食系女子です^^
パール倶楽部さん、すごいメンバーが集まってきました!
なかなか良い会になりそうでこれからが楽しみです♪

竹林語録40からちょっとおすそ分け^^
1.エンピツ型人間
  中に芯が一本入って、まわりに『キ』を使う
7.段取り八分
  早め早めの対応
8.いたずらに過ごす月日は多けれど水を求むる時ぞ少なし
  (大目標・中目標・小目標をたてる・・・達成感を得る)
13.何も咲かない寒い日は下へ下へと根をおろせ
  (目先の金よりお客様を大切に)
15.あおいくま
   (あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、まけるな)

などなど、まだまだ良いお話がありますがまたの機会に^^

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※写真は料亭 寿美家さんのお料理と庭に落ちたの真っ赤なもみじ



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交流会から帰ってくると、カルフォルニアの友達からお土産のワインが届きました♪

友達のお母さんから可愛い孫の写真をたくさん見せてもらって、私は姪っ子の写真と

互いに子供の写真で盛り上がり^^

子供ってなんでこんなに人を幸せにしてくれるんでしょうね^^

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今日は久しぶりに心理学の授業をした。

私が教えるのは交流分析で今日はエゴグラムとストロークについてお話しました。

交流分析は、『今ここ』を大切にするから好き。
未来は『今ここ』の積み重ねで、突然変わるものじゃない。


未来は自分で切り拓くもの、決して他人が変えてくれるものじゃない。


けれどチャンスは人が運んでくる、空から降ってはこない。



今日もまたご縁の不思議さ大切さを感じる一日だった、これからも出会ったご縁を大切に生きようと想う。

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こりとりらくだがある書店シェトワ白揚に突如現れた『二宮金次郎像』

学校の校庭とかに必ずあったんじゃないかな。

私の田舎にも学校の門の前の三角公園に金次郎像があった。

でも実際どんな人なのか知らないから調べてみました^^

金次郎の説いたこと↓

   まず 勤労、分度(倹)、推譲を人々に勧めました。
  勤労とは   徳に報いるために働く、
  分度とは   収入の範囲内で支出を定めること
  推譲とは   勤労、分度をしてたまった物を将来のために残したり、人に及ぼしたりする事。

   また「積小為大」 「五常講」を人々に説きました。
  積小為大とは  小をつんで大と為すということです。
  五常講とは   お金の貸し借りの旋回の過程で、「仁」のこころをもってそれぞれの分度を守り、多少余裕 
            のある人から困っている人にお金を推譲し借りた方は、「義」の心をもって正しく返済し、
            [礼」の心を持って恩に報いるために冥加金を差し出すなど心を配って人に接し、「智」の
            心をもって借りた金を運転し、「信」の心を持って約束を守る、すなわち「仁義礼智信」の
            「人倫五常の道」を守ろうというのである。(童門冬二 「二宮金次郎」)
 



二宮金次郎は天明七年(1787年)小田原市栢山に生まれ、1856年に栃木県今市でなくなりました。二宮金次郎というとたいていの小学校の校庭に銅像がありましたので、殆どの日本人なら知っていると思いますが、生涯にどのようなことをし、どのような教えをしたかを知る人は少ないと思います。
金次郎は天明7年(1787年)に小田原市の裕福な農家に生まれ安政3年(1856年)に70歳で亡くなりました。生まれた頃は裕福でしたが、川の氾濫で田畑を失い、お父さんは金次郎が14歳で、お母さんは16歳の時になくなりました。
 そこで叔父さんに預けられるのですが、ある夜 明かりをともして本を読んでいると叔父さんに怒られたのでした。「お前は誰のおかげで飯を食っているのだ。油がもったいない。」というのです
 金次郎は今度は空き地に菜種を植え、出来た菜種と油を交換して本を読むのですが、また叱られるのです。お前の時間は俺の時間だ。お百姓に学問はいらないというのです。それから始まったのが、左の写真にあるように、槙を背負い歩きながら本を読む姿なのです。

やがて金次郎は叔父さんの家から独立し、実家の再興に取り掛かりました。そして勤勉と倹約に努め、24歳で以前のような裕福な家に再興しました。それを知った小田原藩士服部家に財政の建て直しを頼まれ、これも成功する事が出来ました。それが広まり今度は小田原藩の分家にあたる桜町領(栃木県二宮町)の再興を頼まれたりして、生涯に615の村々を立て直したといわれています。
 金次郎は桜町領を再興するときに、武士の位を授けられ二宮尊徳となりました。このことは身分差別の象徴だと言う方もあると聞きましたが、二宮金次郎がそういう時代に生きていたということで、生涯にどういう業績を残したとか、どのようなものの見方考え方をしたかという事とは違うと思います。むしろどのようなことを人々に説いたかということが大事ではないかと思います。