ここ数年、私自身に自信がない。


物覚えも悪いし、話も上手でない、愛情があるわけでもない、子供たちに関心も持ってあげるわけでなし、子供たちの成績も悪い。


私はあれこれ学び、資格もいくつかあるのにだ。


資格があったところで使っていないというのがあるからなのか、外国人になってしまったからなのか、生活に余裕ががないからなのか。。。はっきりとした理由は分からない。


でも、この前の心理学で悟ったことを 思い出した。


私は両親から充分に良くしてもらった。


表現はしなかったが充分に愛されたことを感じる。


どこに行っても恥ずかしくない、充分な教育を受け、生活をしてきた。


そう思ったとき、日本にいる親のためにも、自信を持たなくてはと思った。

私に自信がないとしたら、何不足なく育ててくれたのに、親に申し訳ない。


このように今の自分がいるのは両親のおかげだし、両親のためにも、自信を持っていかなければならないことを悟った。


お父さん、お母さん、ありがとう。

お父さんとお母さんの子供であることに感謝し、自信を持っていきます。




最近 心理学を少しだが、かじっている。


その中で、グループになって話し合いをしながら、お互いどのような両親だったか、お父さん、お母さんというと、どのような感情が思い出されるかという話になり、子供のころの自分の立場を思い出しながら、涙が出てくる人が度々いた。お父さんが怖く、酒飲みだったとか、軍人で家庭でも命令式だったなどというものだった。


私は。。。というと、良い感情はいろいろあるけど、悪い感情はそれほどなかった。


そのことを通して、私がいつも平和であり、落ち着いているのはこのためかと思った。まあ、その反面、気が利かず、のんびり屋で、物事を深く考えられない部分もあるが、感情の起伏があまりないので、プラスといえばプラスだと思う。


このように私を良く育ててくれた両親に感謝^^

正直、最近心情的に大変だ。


色々愚痴も言いたいところだが、言ったところで解決するわけでもないし、なんせ言うことが億劫だ。ただの横着者である。


誤解されることもあり、弁明するのも言い訳のようで言わない私。


きちんと弁明したほうがいいのかなとも思うが、誤解するのは相手が勝手にしていること。私がきちんとしていればいいことだ。


ただ、最近なかなか覚えられないし、もともと気が利かないところがもっと気が利かなくなった。


愛ある者となりたいが、思ったところでなれるわけでもなく、湧き上がってくるものはないし、与えたいと思っても、与えるものも無し。


愛想のいいものになりたいが、これもやはり性格であり、私は人懐っこくないので、無愛想に見えるだろう。


自分を愛さなければ人を愛せないというが、やはり自分を愛せていないようだ。


夫は無条件私を愛してくれているが、’私の何がいいんだろう’と思ってしまう。聞いたところで’全部’という答えは目に見えているし、聞いたところで、あまりピンとした答えは返ってこないのが落ちである。


やるべきことは多くあるが、なかなかやる気が起きない。


こうした時間も私が成長するために考えさせるために与えられた機会なのだろうか。早く明かりが見えたらいいなあ。


私が成長するために こうした低迷した機会を与えてくださって感謝。


近い将来”こんなこともあったから今の自分がいるんだ”と笑っていえる日が来るのを願って。。。