大和朝廷の成り立ちを研究するには、最重要な遺跡

 

 それは・・・、纏向(まきむく)遺跡!! ( ̄▽+ ̄*)

  (場所:奈良県桜井市)


 ・・・にも関わらず、一般的な日本人には、あまり知られていないΣ(~∀~||;)


 な、なんて、けしからん事実!! (=`(∞)´=)


 私が学校に通っていた時代は教科書にも載っていなかったヾ(。`Д´。)ノ

 (今は分りません、ごめんなさい)


 この遺跡について書けば、きりがないけど・・・

 何個か特徴だけ挙げるとするなら


 三世紀初頭(西暦220年ごろ)

 規模として、藤原京より大きい(但し、碁盤の目状ではない)

 ・王宮とそれを囲む官庁群が置かれていた→都市機能

 ・河川を利用した大溝(北溝・南溝)が作られている

  つまり、大規模な土木工事が行われていたということ

 ・市が行われていた(河川や大溝を利用した交易)

 ・時代から推測して、崇神天皇の都だろうと言われている


 ↑ この時代に、こんな立派な都市があっただなんて!!

   アンビリーバブル \(゜□゜)/ 


 

 まだまだありますが・・・

 また、続きということで・・・(*´Д`)=з

 


 本州最北端の国、青森県。


 縄文文化が最後まで残った土地でもあります(^O^)


 それでは、一体、いつまでそれが続いたのか・・・?


 それは、なんと!! 17世紀末までなんです ヽ((◎д◎ ))ゝ


 そうです、その頃は、もう 江戸時代の初期 !!!

 

 津軽のアイヌが42軒いたということが、報告されています(=◇=;)


 うちらの地域は・・・大和朝廷発祥の地!!


 纏向遺跡(奈良県桜井市)は、大和朝廷発祥の場所です(`∀´)


 3世紀初頭の遺跡なんですよ


 もちろん、バリバリの弥生文化( ̄* ̄ )


 だから、17世紀末まで、縄文の生活してる人がいる・・・ということ自体・・・

 アンビリーバブル過ぎます( ̄□ ̄;)!!

 世界最古の土器\(◎o◎)/!

 なんと、それは!!!

 日本の縄文式土器なんですヽ((◎д◎ ))ゝ 


 それは、愛媛県上黒岩陰遺跡、長崎県福井洞窟遺跡・・

などで発見されてますが、確実に、1万2千年以上前のものなんです

 \(゜□゜)/


 一方、世界の常識では・・・

 ケニアで約8千年前

 トルコのチャタルフュック遺跡から、紀元前6千年

 中国の竜山遺跡から、約5千年前


 日本の土器がいかに桁違いに古いか( ̄□ ̄;)!!

 

 よ~く分かりましたか?