皆さんにはこんな体験はありませんか？イタリアンのお店（フレンチでも構いません）で美味しいお料理を頂戴して、それでは最後にエスプレッソを、と注文して出てきたエスプレッソが何だか水っぽくて香りが無い。珈琲好きの僕はこういう時、ものすごくがっかりします。全体の評価が一気に３割くらい低下してしまいます。まあ、二度目はわざわざ来なくても良いかな、という気持ちになりますので、お店にとっては大きな損失だと思いますが、どうもお料理に比べて締めのエスプレッソへの配慮は全体的に乏しいような気がします。その点、先日のエスプレッソは完璧でした。

時々足を運ぶ中目黒のイタリアン「ティスカリ」で「そうだ！カチュッコを食べよう！」という企画があり、イタリアン好きの友人2人と参加しました。カチュッコとはトスカーナ州にある地中海沿いの港町リヴォルノの名物料理です。マルセイユの名物料理ブイヤベースのイタリア版と考えていただければ良いでしょう。元々は市場価値のない小魚や魚介類をごった煮にした漁師料理です。僕は以前からこれを食べてみたいと思っていたのですが、イタリアンのお店でもメニューに載っていることが少なく、今回が初めてでした。当日、お店の大テーブルがこの企画に当てられており、他のテーブルでは一般のお客さんが別の料理を食べています。このテーブルのサービスを担当しているのは、かつてバリスタ世界一になったことがあるという（株）オウテンティコの中川直也さんです。中川さんは本日提供されるトスカーナ産ワインの輸入も行っているのです。この日のメニューは、オリーブのフリットに始まり、トスカーナ風７種のアンチパスタ、トレビスのリゾット、そしてメインのカチュッコ、チーズとしてゴルゴンゾーラと林檎のコンポスタ、ドルチェというものでした。

メインはもちろんどの料理も素晴らしかったのですが、最後に出てきたエスプレッソで大袈裟ではなく打ちのめされました。こんなに香りが高く美味しいエスプレッソを飲んだのは何年ぶりでしょうか。イタリアでの体験を除くと、手動式エスプレッソ・マシンでエスプレッソを提供する根津にあるオステリア「コムム」以来のような気がします。話を聞くと、マシンはもちろんお店のを使うのですが、何時間も前からマシンの調整をして、最後のエスプレッソに備えるのだそうです。さすが世界一のバリスタだと感心するとともに、それくらいの手間をかけなければ本当に美味しいエスプレッソを提供することはできないのだということが分かりました。最近はイタリアンのお店のサービスメンバーでソムリエの資格を持った人が増えています。食事とワインとは切り離すことができないので当然でしょう。しかしバリスタの資格が必要かというと、ソムリエに比べるとその重要度ははるかに低くなります。そもそもイタリアであれば、お店の外に出れば美味しいエスプレッソを提供するバールがいくらでもあるのですから、わざわざリストランテで珈琲を飲む必要はありません。それぞれの専門領域を尊重するイタリアのお国柄を考えれば、リストランテは食後酒までで、エスプレッソはお隣のバールにお任せという考え方なのかもしれません。

しかし日本では事情が異なります。イタリアンのお店から外に出て珈琲を飲もうと思えば「ス・・」か「ド・・」しかありません。日本のイタリアンのお店ではもう少しエスプレッソに気を遣ってもらえたらなと思うとともに、それはなかなか大変そうなので、こちらが食後酒で終わりにすべきか、悩ましい所です。