大学生の私、実は…





隠れ鉄ちゃん



であります。





要は「鉄道ファンなんだけどバレると面倒だから隠してる」身分ですw。なんのこっちゃw。
本当は大っぴらに公表して堂々と動きたいのですが、近頃の一部のオタの暴走っぷりにより世間からの風当たりが強い傾向にあるため敢えて秘密にしているのです。隠し始めたのは高校生からで、今でも高校大学含めて私の素性を知りえている人間は10人もいません(笑)
そんな隠鉄の私が最も興味のある分野は「夜行列車」、更に細かく言えば「寝台列車」です。今では東京と山陰・四国を結ぶサンライズエクスプレスしか定期運用に就いてないため非常に希少な存在です。最盛期は国内を30本ほどの寝台列車が行き来してたらしいのですが、今となってはその面影さえ感じ取ることも出来ません。。。






そんな現状を目の当たりにしてる今、JR西日本は来年から「夜間の移動にも対応した長距離列車」の運行を宣言しました。その列車がタイトルにある「ウエストエクスプレス銀河」号です。既に車両の詳細は公表されているため1度は見ていただいて貰いたいです。

ウエストエクスプレス銀河紹介PDF⤵︎ ︎










この列車に期待する事つまり結論から言えば「寝台列車時代の復活」です。
理由はこれより長々と述べて参ります。乗り遅れることのないようご注意ください(笑)








まずは「夜行列車」の存在意義から見ていきましょう。夜行列車はその名の通り「夜間に長距離移動する列車」です。これは戦前から運行が開始された歴史ある列車区分であり、今日に至るまで大きな役割を果たしてきました。


では何故長い距離を移動するのに夜間である必要があるのか?


答えは簡単「寝るから」です。寝てる間人間は時間も感情も意識しません。そのため夜間寝ながら移動することによって「列車に乗って眠り、朝目が覚めたら目的地」という事が可能となる訳です。日中の移動は、人間が意欲的に活動出来る時間の浪費であり起きていながら長時間同じ姿勢で留まる必要があります。そんなの苦しいですよね……。



では歴史を辿る形で夜行列車を見ていきます。

夜行列車は上記の利点により都心から地方へ・又はその逆を辿る人にとって、更に「今日と明日で全く違う場所で仕事がある」というビジネスマンの要望にも応える形になり多くの人に重宝されます。ただ、高度経済成長を迎える直前まで夜行列車は簡素なベッドを備えたキツキツの寝台車とリクライニングがない座席車を組み合わせた車両が主であり、運用も「急行(快速と特急の中間)」扱いだったのです。

この方のアメブロに上げてる画像は、当時最も使われていた寝台車です。


高度経済成長期直前1958年に、グレードアップバージョンの寝台列車の運用が開始されました。その車両は20系と呼ばれます。

画像はこちらをどうぞ⤵︎ ︎

ベッドの質を改善し洗面台やトイレ、更に当時としては貴重な冷房を全車完備した「昭和の寝台列車」の代表格ともなりうる車両です。当時は「走るホテル」と呼ばれるほどの代物だったそうな。これがまず初めに東京と博多を結ぶ「あさかぜ」号に配備されると、「さくら」「富士」「はやぶさ」etc…と全国展開されます。ここからいわゆる「ブルートレイン」と呼ばれる寝台列車の黄金期に突入するのです。最盛期には全国で1日30往復分の車両が走行していたとも言われており、いかにユーザーの期待に応えた列車であったかを象徴してるような時期でした。その後14系、24系と更なる居住性の向上を成し遂げた新型客車も登場し長らく繁栄を続けたのです。


ただ、高度経済成長期に運用が開始された新幹線や飛行機・民間の夜行バスなど値段や時間で夜行列車を圧倒的に凌駕する交通機関が台頭するようになってくると、夜行列車の存在意義が薄れてくるようになって来てしまいました。それに加えて車両自体の老朽化も嵩み徐々に運行本数が減らされます。かつて何十本と夜の日本を駆け抜けた国鉄時代の寝台列車は2014年に引退した「あけぼの」号を最後に全廃、国鉄時代のブルートレイン車両を使用した分割民営化以降に誕生した最後のブルートレイン「北斗星」号も2015年に引退、国鉄時代の座席車を連結した最後の夜行列車「はまなす」号の2016年引退をもって、ブルートレイン及び国鉄車両を使った定期夜行列車はこの世から姿を消しました。今走っている寝台設備を備えた列車(観光用豪華列車含む)は全て分割民営化以降に車両ごと新製されたもののみとなります。


今走っている「寝台設備を備えた列車」というのは元々の夜行列車の本分である『列車に乗って眠り、朝目が覚めたら目的地』とは異なり、「泊まりがけの旅行の補助」としての側面が大きいような印象を受けます。例えばJR東日本が運行する「トランスイート四季島」号は東日本各地の観光地を経由する旅行プランの中の移動手段とされているのが現状です。つまり列車自体に意味があるのでは無く本来の目的より列車自体の価値が低い(金額的な話ではなく)のです。そのため私は個人的にあのような車両を「寝台列車」「夜行列車」とは区分したくありません。あくまで「寝台設備を備えたツアー用列車」と定義させて下さい(笑)


読者の皆様、長らくのご乗車お疲れ様でした。これより理由路線へと直通運転を行います

wwwww((´∀`*))wwwww
歴史が長いだけその分独特なエピソードもあり、ついつい余分な説明を加えてしまった気がしますが許して下さい(笑)。まぁその分私自身夜行列車への想いが強いと感じ取っていただけたら幸いです。


ここは個人的な話になるのですが、幼少期から小学校中学年まで秋田県に住んでいたこともあり頻繁に「あけぼの」号に乗せてもらいました。青森行きの立席にも、上野行きのB寝台にも乗りまくりました。その分2014年の当該列車の引退は非常にショッキングな出来事であったため、テレビの前で半泣きになりながらラストランの中継を見守ったのをよく覚えています。あの時私は純粋にお気に入りの列車の引退で今後乗れなくなる事が悲しかったですし、もっと言えばあそこでしか味わえない感覚、あの場所と永遠の別れを告げる事態と言っても過言ではありません。分かりやすく言うなら「好きだった場所がなくなる」のと同じです。泣くかどうかは置いといて、例えば皆さんの生家や卒業した学校・昔遊んだ公園や川が姿を消したら寂しいに違いないでしょう…。それと同じ気持ちなのです。この私の悔恨は今でも心の奥底にひっそりと佇んでいます。


ウエストエクスプレス銀河には「クシェット」と区分されているかつての開放B寝台を彷彿とさせる構造のシートがあります。更にフリースペースが各車両に設けられており、夜行列車ならではの空間を作り出しているのです。(因みにこれらフリースペースに名付けられている天体の名前は「遊星」を除いてかつてブルートレインに付けられていた名前です。因みに「銀河」自体もブルートレイン車両を使った寝台列車として2008年まで走ってた急行の名前です。なんか感動的w。)様々な思いで同じ目的地を目指す人々が交わる空間は、高速道路のSAで過ごす時間のように儚くも短いモノですが、その分価値があるのです。その空間の創造は、かつて夜行列車が担っていた「形体の伝統」の継承に等しく、現状の「時間最優先」型という「忙しい」が美徳とされる日本人にとって適合度が高い移動形態の改善に貢献するのではと考えています。


今現在の長距離移動の手段としてメジャーなのは航空機・新幹線・高速バスです。殆どの方が利用した事あるでしょうし、今まさにこのタイミングで利用してる方も多いでしょう。

但し冷静に考えて見て下さい。海外にも行けるという面で航空機は例外として、国内の長距離移動で新幹線・高速バスを使うの、疲労がたまりませんか?それもそのハズ前述のようにとにかく身体への負担が大きいのです。特別座席が設定されているとしても大半は一般席利用でしょう。「エコノミークラス症候群」と言われるように長時間の移動は健康リスクも大きいのが伺えます。



ではこんなに私がボロクソ言ってる交通機関の
夜行事情はどうなんでしょうか?



〜新幹線〜
新幹線はどの車両(編成)も8割が一般席を占めます。では何故需要がありそうな夜行新幹線は設定されてないのでしょうか?
この話は高度経済成長期末期にまで遡ります。実は東海道新幹線開業当初から、山陽新幹線開業を見越して東京博多間を結ぶ「寝台新幹線」計画は進められており、実際に実寸大のプロトタイプも制作されました。

こちらのブログに車内予想図が掲載されているのでご覧下さい。

但しここで浮上したのが「騒音問題」です。今でさえ通過時には会話が聞こえなくなるほどの轟音が発生しますが、技術が今日より拙かった当時は沿線家屋の電灯が揺れるレベルの振動と騒音が発生したそうで、名古屋の沿線住民によって反対運動が発展し当時の国鉄が訴えられた程です(名古屋新幹線訴訟)。こんな中夜行新幹線なんて走らせたらどんな事になろうか想像は大体つきますね(笑)。更に新幹線は日々の保線(線路の修復)によって安全運転が維持されています。夜行新幹線を走らせるとなると保線に割く時間がなくなり、新幹線システム自体の劣化が危ぶまれたのです。そんなこんなで計画は頓挫し今に続きます。


〜高速バス〜
今回は夜行バスに焦点を当てて見て行きます。夜行バスは高度経済成長期の東名高速道路開通と同時に国鉄が運行した「ドリーム号」が起源です(後々自分たちの首を絞めることになろうとは…w)。そこから民間の参入も始まり今に至るわけですが、どういうことか「寝台バス」が存在しません。
実は時を同じくして1960年、北海道で寝台バスの試作車両が試験中に寝具の重さによるバス全体の重心のズレを引き起こしたために横転事故に至り、法律によって理論上寝台バスによる走行が禁止されています。厳密には「シートベルトをつけない状態での移動禁止」ですが、フルフラットでシートベルトは不可能とされています。



実はここまで「船舶」による夜行移動を一切無視してきましたが、実は「夜行フェリー」と呼んでもいいような時間帯で今現在運航されている船舶はあります。但し出発地や時間の面で他の交通機関と比較するには誤差の範囲外レベルの差異があるため敢えて除外させていただきます。
因みに船舶は寝台設備が他に比べて圧倒的に充実しており、階級別に料金が設定されています。機会があれば是非乗船してみてください。



上記事項を踏まえると結果として「横になって寝ながら移動出来るのは列車のみ」であるのです。
つまりゆとりを持った移動として唯一の手段であり、確実な需要が存在するに等しいわけです。事実今や全国何百本と夜行バスが行き交いしており、夜行移動自体まだまだメジャーなのは明らかであり、夜行列車の立ち位置も残されているのではと考えます。事実、例えば2014年に引退した「あけぼの」号は車両の老朽化と利用率の低下という在り来りな理由で廃止されましたが、なんと利用率は引退直前まで6割台をキープしてたと言われています。この列車は秋田県内の数多くの駅に停車するため、東北自動車道からも遠く飛行機の本数も少ない秋田県民にとって貴重な交通機関として最後まで役目を果たしていたと言えるでしょう。


本州と北海道を結んだ夜行列車に「はまなす」号と「カシオペア」号があります。これら2列車は青函トンネルを経由して札幌と青森・上野を往復していたものであり、はまなす号は北海道本州連絡列車として・カシオペア号は北海道観光夜行列車(北斗星の2代目的ポジション)としてそれぞれ一定の需要があったため、引退が最も惜しまれた夜行列車の代表格です。これらは北海道新幹線の整備による保線作業への影響・開通後の環境が要因となり半強制的に引退に追い込まれた車両ですが、個人的には無理やり赤字の新幹線を走らせるよりも絶対的な需要がある夜行列車の方が経済的にも有用的であるのではと考えております。




さぁ、長々と語ってきたこの文章が私の提示する「寝台列車時代の復活」を望む主な理由です。途中見苦しい文章・理論が展開されてるような気がしますが、一大学生の叫として受け止めて頂けたら幸いです。

ご乗車お疲れ様でした。どなた様もお忘れ物のないよう気を付けて降りください。(笑)



〜余談〜
私自身、今大学で地域政策や活性化に関する人間科学というものを専攻しています。そこで「豊かさとはコミュニティ(人の共同体)のクオリティに比例する」という考えが、人間関係を紡ぐ手段として鉄道という形で活かせないかと考え付いたのです。この夜行列車論もその一環であり、私は本気で全国にウエストエクスプレス銀河の様な「社会的に実用性がある特殊な交通機関」の開発に文系目線で取り組みたいと願っています。


何故そこまで交通機関に拘るのかと言われたら
「好きだから」
この一言に尽きます。きっかけも時期も覚えていません。最早生まれつきと言っていいほどの興味関心があるのです。好きなものこそ上手になれと言うように、私はこの事業に専念したいと考えています。いつかそれの運行が実現したら、このブログを読まれた方に優先権を用意します(笑)
グダグダなロングラン、お疲れ様でした!



列車は車庫に入ります。



それでは♪